国宝を訪ねて 国宝建造物編bV

正福寺

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山号・寺号 金剛山正福寺
所在地 東京都東村山市野口町4−6−1
最寄駅・目安時間 東京駅・1時間
経路 山手線高田馬場乗換
西武新宿線東村山駅下車・徒歩10分
国宝建造物 1 地蔵堂
国宝仏等 なし
その他の国宝 なし
お勧め度 ★★

東村山西口

 西部新宿線東村山駅を降り西口に出る。そこには昔懐かしい商店街が細い道に沿ってつづいている。その細い中の比較的太いバス通りを西に進む。7,8分歩いた辺りで右手を見るとその先になにやら格式のありそうな山門が目に入る。そこが正福寺だ。

最近,平成の大修理を終えたところである。
反りが夕日に映えて美しい。修理にもかかわらず古色溢れている。
しかし,この「国宝千体地蔵堂」の額はいただけない。やはり,あたらしいものを付け加えてはいけないだろう。
西日の中の正福寺地蔵堂
この中に千体の地蔵が祀られているという。
金剛山正福寺の石碑
寺の境内へは周囲どこからでも入ることができる。

武蔵野の風情が残る

 東京都に唯一の国宝建造物は,武蔵野の風情を今に残す多摩湖近く,東村山にある正福寺である。
 武蔵野といえば,
国木田独歩「武蔵野」(岩波文庫)が思い出されるが,一つの土地に対する憧憬をテーマとした紀行文とも旅行記とも異なるエッセイに近い作品であり,強いて言えば叙景文の一種として,当時の日本では他に類例を許さない作品となっている。
 文中で紹介されているように,ツルゲーネフの「あひびき」に触発されて書かれたものではあるが,四季折々の武蔵野が流麗な文章で語られ,独自の昇華を果たしている。
 独歩は古地図をもとに武蔵野のおもかげを求め,あたりを逍遥するが,我々は独歩の見つめた武蔵野のおもかげを求めてさまようことになる。
 もっとも,独歩が「武蔵野」として歩いたのは,武蔵境から玉川上水の桜橋,上水伝いに武蔵小金井あたりまでであった。
 そうなると,独歩が見つめた楢の林や落葉樹で覆われた森,そこにかかる綿のような雲の先に東村山があったことになる。
        

                 菜(さい)の里失せ残されし山に春 (秋雨)
                 武蔵野や訪なうたびに山近かく (秋雨)

円覚寺舎利殿に似た地蔵堂

 寺院において本尊を祀る伽藍を本堂と呼ぶが,地蔵を本尊として祀る場合,特に地蔵堂と呼ばれることがある。ここ正福寺ではこの地蔵堂が国宝に指定されているが,禅宗様仏殿の特徴を備え,円覚寺舎利殿に極めて類似する貴重な遺構となっている。
 禅宗様(唐様)とは鎌倉時代の初期に禅宗とともに伝えられた寺院建築の基本パターンの一つでその特徴として,建物の中心から放射線状に垂木が伸びる扇垂木や窓の上部が栗の頭のようになった火頭窓等の装飾が多く用いられる,といった点をあげることができる。
 なお,寺院の建築様式として禅宗様の他には,和様,大仏様(天竺様),折衷様等がある。
 大仏様(天竺様)は,平安時代の末期宋から伝えられた建築様式で大仏殿の再建に用いられたことからこのように呼ばれ,僅かな建築資材で巨大な構造物を作り出すのが特徴である。
 和様とは,禅宗様,大仏様に対してこれら以前に用いられていた様式の総称である。
 なお,正福寺の本尊は千手観世音菩薩であるが,それとは別に地蔵菩薩が特に地蔵堂の本尊として祀られている。 

特別内部公開

 地蔵堂の内部は,8月8日,9月24日,11月3日の3日間一般公開される。
 波形欄間から差し込む陽の薄明かりの中に地蔵延命菩薩とその周りには千体地蔵尊が並んでいる。
 「千体地蔵尊」とは願い事がある時に1体借りて帰り,願いが叶うと1体作成して2体にして返す,というもの。これにより現在のように沢山の地蔵になったと言われている。

残念!東村山市

 東村山市といえば,なにしおう「東村山音頭」はては「だいじょうぶだ饅頭」と志村けん一色であるが,その志村けんのお兄さんが東村山市役所にお勤めとのこと。だからというわけでは,全くないが,その東村山市役所に一言苦言を呈したい。
 それは,東村山駅から道すがら,正福寺までの案内が全くないことである。これだけの文化遺産をかかえながら,市として何の対応もなされていないようなのである。
 まず,駅に何も案内がない。西口に出たらよいのか東口に出たらよいのか分からない。確かに改札口には付近の地図があったが,そこに「国宝正福寺」が標示されていない。では,どうやって西口に出たかというと,持参の資料で野口町にあることが分かっていたので,駅の地図から野口町を見つけだし西口に出たのである。
 これは西武鉄道の問題かも知れないが,それはさておき,市としても駅に対し案内掲示の申し入れぐらいはしても良いはずである。市の文化財に対する意識の低さ,理解のなさがここに良く出ているのではないか。ましてや,道中,道案内など何一つ無い。
 宝の持ち腐れである。国宝など一つもない県も結構あるというのに。

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