国宝建造物編11| 山号・寺号 | 定額山善光寺 |
| 所在地 | 長野県長野市元善町 |
| 起点駅・目安時間 | 長野駅・15分 |
| 経路 | 長野駅からバス |
| 国宝建造物 | 1 本堂 |
| 国宝仏等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| お勧め度 | ★★ |

善光寺へは,長野駅前からシャトルバスが頻繁に出ている。大勢の参詣客を待たせることなく次から次へと運ぶ。そのバスは,長い参道の中を走るが無論,徒歩で向かう人も多い。参道の両側には,食べ物や土産物屋が軒を連ね,驚くほどの賑わいを見せている。町全体が大きな門前町と言っても良いほどだ。
全国の門前町が衰退の一途を辿る中,今でも賑わいを見せるのは,他には「お伊勢さん」と「浅草」くらいであろうか。
整備された石畳の両側には宿坊も多く,その中をさらに進むと,改修中の山門の覆いが見え,やがて国宝本殿が現れる。
賑わいの参道の上入道雲 (秋雨)
善光寺の本堂は,東日本屈指の仏堂を誇るが,撞木造りの現在の建物は,1700年頃再建されたものであり,さして古くはない。
撞木とは,鐘などを突くT字型の棒のことで、撞木造りとは正面の間口に対して後ろに長く堂が造られている形式のこと。しかし,必ずしもT字型になっているわけではなく,事実,本堂は,縦約54メートル,横約24メートルの長方形である。
見たところ,国宝建造物の中では,奈良の大仏殿に次ぐ大きさと思われる10階建てビルくらいの木造本殿が,大きな亀腹の上にのっている。
| 善光寺は何時も大勢の参詣客で賑わっている。 | |
| 亀腹の上に巨大な本堂が乗っている。 | |
この善光寺は,西国巡礼の「お礼参り寺」として有名であるが,その宗派は,はっきりしない。現在でも浄土宗と天台宗両者の管理を受けている。細かいことは気にしない寛容の精神に溢れた寺と言える。
芭蕉の一首もそのあたりのことを詠んでいる。江戸時代にすでにそういった寺として名を馳せていたようである。
はっきりしないといえば,この寺の由来もそうである。言い伝えによれば,百済の斉明王から送られた,仏教伝来の象徴とも言うべきあの阿弥陀三尊像を,廃仏派の物部氏が難波の海に捨てたという。それを偶然,信濃から出稼ぎに出て来ていた本多善光が拾い,出身地の信州に持ち帰り篤く祀った。それが,今の本尊であるという。
物事にこだわらないこの善光寺は,かの本尊を全国に「出張開帳」させ急速に信者を増やしてゆく。
そんな中でも女性信者がきわめて多く,中には牛の角に引っかかった布きれを追って善光寺まで来てしまったという人まで信者にしてしまった。
「牛に引かれて善光寺参り」として有名な話であるが,善光寺では,強欲,無信心なお婆さんが,牛の角に自分の着物をひっかけ,逃げるその牛を追っかけて善光寺まで来て,信心に目覚める話として紹介している。
善光寺の呼び物の一つに,内陣巡りがある。灯りのない本堂の床下を巡るもので,途中に小さな鍵が置かれていて,それに触れることができると,願いが叶うというもの。
参加を強くお勧めする。
なぜなら,床下に拡がる世界は,全くの暗闇,まさに漆の黒色であり,恐らく誰もが初めて経験する極めつけの暗さである。
観光客相手であるから,そのうちに薄明かりでも灯してくれるだろう,といった甘い期待は,出口まで来てはじめて,無駄であったことを知らされる。
よくもまあ,これまで事故も起きずこのようなことが続けられてきたと感心させられるくらい徹底した暗さである。閉所恐怖症,暗所恐怖症の方は,近づかない方が良いと思われる。
なお,問題の鍵は,下手をすると気づかずに通り過ぎてしまうくらいの小さな鍵である。
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