国宝建造物編23
| 山号・寺号 | 石光山石山寺 |
| 所在地 | 滋賀県大津市石山寺 |
| 起点駅・目安時間 | 京都駅・45分 |
| 経路 | 東海道本線石山駅乗換京阪電鉄石山寺下車徒歩10分 |
| 国宝建造物 | 2 本堂・多宝塔 |
| 国宝仏等 | なし |
| その他の国宝 | 10 書跡等 |
| お薦め度 | ★★★ |
京都からJR琵琶湖線(東海道本線)に乗り石山で下車,京阪電鉄石山坂本線に乗り換える。この石山坂本線は,窓から手を出せば民家に届きそうな江ノ電に似た路線。小さな緑色の電車に揺られていると程なく終点石山寺駅に到着する。
駅からは,水量の多い,しかし,緩やかな流れの瀬田川に沿って10分ほど歩く。水面を音もなく競艇用ボートが滑走するのを眺めたり,右手に点在する土産物屋,旅館,食事処を覗いたりと,天気が良ければちょっとした散策コースである。
石山寺は,聖武天皇の勅願により良弁僧正のために建立された寺である。事情はこうだ。
聖武天皇は,東大寺大仏殿建立のために新たな金の産地が知れるよう良弁に祈らせた。良弁はある日お告げを受け石山に向かい比良明神に出会う。そこで明神の言ったとおり祈願すると,やがて奥州から金が産出されたとの朗報が入る。喜んだ聖武天皇が良弁のために,この地に建てたのが石山寺である,とのこと。

この石山寺,現在は真言宗東寺派の別格本山であり,西国三十三所の十三番札所でもある。
西国三十三所とは,近畿地方を中心とした三十三ケ所の霊場で,それぞれの地の御詠歌を唱えながら三十三の寺に奉られている観音様をお参りするのだが,このような観音霊場巡りは全国に広く行われている。著名なのは四国88箇所であるが,この西国三十三所は,清水寺,三井寺等有名寺院で構成されている。
世の中の全ての事象を見通すといわれる観音が,救いを求める者の前に様々な形に姿を変えて現われる,と観音経は教える。例えば観音は,聖徳太子に身を変えて仏法を広めたと言われ,平安の頃,貴族ばかりではなく,広く大衆からの信仰を集めた。
なお,この寺は,近江西国霊場三十三箇所の3番札所でもある。

東大門には石山寺と書かれた二つの大きな提灯がかかげられている。その後に隠れるようにして左右に仁王像が置かれている。石畳の参道をゆっくりすすむと,右手に本堂に向かう階段があらわれる。急な石段を4,50段ほど登ると,石山寺のいわれとなった沢山の巨石があらわれ,その背後に国宝多宝塔の屋根が見えるようになる。多宝塔への直進はできないので,左に折れひとまず,本堂に向かう。
本堂の建物は,内陣,外陣からなる本堂と懸崖造りの礼堂,この二つをつなぐ相の間から構成されている。中にはいると左右7本計14本の円柱が建物全体を支えているようだ。
本堂の外陣には,紫式部の部屋も設えてある。


本堂を出て石段を数段登ると校倉造りの経蔵の出る。そこを抜けてさらに石段を上がると多宝塔の前に出る。境内では比較的広めの平地の中程に立つ。雄壮な構えだ。檜皮葺の屋根の反りは流麗でもある。見飽きない均整のとれた美しさである。ここから月見亭はすぐ前だ。この寺の寺域は意外と狭い。
ここ石山は,近江八景に「石山の秋月」と謳われる月の名所である。平安人は「石山詣で」と称して,石山寺参詣の後,境内の月見亭で月見の宴を催し楽しんだ。
都に暮らす貴族が1500年に選定した,この近江八景は,琵琶湖の南から東方面に偏っている。
そこで,昭和になって滋賀県が,琵琶湖周辺から満遍なく選び出したのが,夕陽「瀬田・石山の清流」,煙雨「比叡の樹林」,涼風「雄松崎の白汀」,暁霧「海津大崎岩礁」,新雪「賤ヶ岳の大観」,月明「彦根の古城」,春色「安土八幡の水郷」,深緑「竹生島の沈影」の琵琶湖八景である。

これにより近江八景の月に,琵琶湖八景の清流が加わったことになる。
月見亭からは,清らかな瀬田川の流れが眺められる。
その瀬田川をよく見ると,川は,琵琶湖から流れ出している。
琵琶湖に流れ込む川はたくさんあるが,疎水を除けば,この瀬田川だけが琵琶湖から流れ出ている。その華麗な流れは,やがて宇治川,淀川と名を変えるにしたがい水量を増し大阪湾に流れ出す。
かつては,この水運を利用し近江の木材を筏に組んで,宇治・大阪方面の寺院建築等の材料としたことが様々な記録に残されている。
石山寺は,かの紫式部が,瀬田川にきらめく月光の様から光源氏をイメージして源氏物語の構想を練った寺としても名高い。この真偽のほどはおくとしても,その頃,石山詣では,平安貴族のレクレーションの一つであり,都から比較的近いこともあって,紫式部が貴族のお供をしてこの地を訪れたことは十分考えられる。
この石山詣でについては,道綱の母「蜻蛉日記」(角川ソフィア文庫)に詳しい。
この作品はまた,その時代の貴族の女が平素何を考え,どのような暮らしをしていたかを知る上でも,格好の作品である。日記形式であるだけに,作者の心の動きが赤裸々に綴られていて,他人の日記を覗き見しているような錯覚に陥らせるほどの迫力がある。
1000年前と,女性が考えることは案外今と変わりがない,とも思われるが,いかがであろうか?。
表題歌は拾遺和歌集に採られている。
また,芭蕉も,近江に長く逗留していて,その際に,ここ石山寺にも幾度か訪れているようだ。芭蕉の句としてはやや凡庸。
この石山寺は,上記2件の国宝建造物の他に漢書,史記等10件もの国宝書跡等を有している。なにゆえ,このように沢山の国宝書跡があるのかはハッキリしないが,代々座主が学問を好み教学的な寺であったと共に皇室,貴族,武人等から広く帰依,支持を受けていたことが強く影響していたと思われる。
また,延暦寺と醍醐寺の丁度中間当たりに位置し,交流も深く,幸運にも兵火をまぬがれていたことも理由としてあげることができよう。
顔師古(がんしこ)注の前漢の正史「漢書」の古鈔本。
現存最古の中国最初の通史「史記」の古鈔本
文字の一つ一つについて義訓を注釈する古字書。中国梁,顧野王の編纂。
大乗仏教の教義を要約した「大乗起信論」の注釈書。
第三代座主淳祐(しゅんゆう)自筆の聖教(しょうぎょう)。この国宝淳祐内供筆聖教は別名薫聖教(においのしょうぎょう)といわれ,御衣替の式に参列した淳祐の手に弘法大師の衣の香りがいつまでも残っていて,その手で書いたことから,このように呼ばれている。
なお,聖教とは仏教の経文や教法のこと。
JR石山駅から京阪電鉄に乗り換えても良い。その場合には,石山寺から10分ほど歩くことになる。
石山寺,三井寺,日吉大社,と大津市付近には,国宝社寺が目白押しである。時間があれば,この3つを巡った後,ケーブルカーで延暦寺に上り京都に出るのもよい。
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