国宝を訪ねて 国宝建造物編26

日吉大社

                            前の国宝再訪次の国宝訪問

 いにしへの 人に吾あれや さざなみの
          故き京をみれば悲しき

高市黒人・万葉集
名称 日吉大社
所在地 滋賀県大津市坂本
起点駅・目安時間 京都駅・45分
経路 JR湖西線比叡山坂本駅徒歩15分
国宝建造物 2 東本宮本殿・西本宮本殿
国宝仏等 なし
その他の国宝 なし
お薦め度 ★★★


国宝・日吉大社東本宮本殿

延暦寺の麓の神社

 JR比叡山坂本駅からすぐに山王権現の神域が始まるようだ。山側に向かってぶらぶら歩くと,鳥居がいくつもあらわれ,摂社21社を誇ったかつての日吉神社の隆盛がしのばれる。今では民家が大比叡の麓奥深くまで食い込んで昔日の面影は希薄となったが,それでも,眼を遣る至るところ,なにがしかの神社のモニュメントが目に入る。

 15分ほどで,東本宮の受付に着く。そこから,自然石で組み上げられた石段にそってゆっくり登ると東本宮に出る。周りは深い緑に覆われマイナスイオンが溢れんばかりである。忘れていた自然の空気の気持ちよさ,ありがたさをあらためて感じさせられる。
 ここ日吉大社には,東西に二つの本宮がある。社格としては,東が二宮で,西が一宮とされている。

  

寺と間違えそうなの仁王門の奥に東本宮の拝殿がのぞいている。

日吉神社と延暦寺

 比叡山の琵琶湖側の麓,丁度延暦寺の真下あたり。無論,延暦寺とは切っても切れない神社である。それを如実に物語る工芸品が日吉大社の宝物館に陳列されている。神輿(しんよ)と呼ばれる御輿である。
 比叡山の僧兵は山法師と呼ばれ,自分達の主張が通らないと,日吉大社のみこしを担ぎ出し,一旦延暦寺に担ぎ上げ,そこから都に下りて朝廷に直訴する。度を超して物議をかもすことも度々あった。
 
 日吉神社は,延暦寺が建立される前から,比叡山の地主神である大山咋神(おおやまいくのかみ)を祀って山上にあった。大山咋神は丹塗矢伝説の神として知られている。 

丹塗矢伝説

 丹塗矢に化身した大山咋神が川を流れて行き,それを拾ったタマヨリ姫と結婚しカモワケイカズチ命が生まれたとする話である。上加茂神社に伝えられていて,古事記や山城国風土記にその記述ががある。
 
 山上にあった日吉(日枝)神社が何故,現在の地にあるかについては,二つの説がある。天智天皇が大津京を造営するに際して地主神と勧請した三輪明神を共にこの地に祀り国家鎮護を祈念した,とする説と最澄が延暦寺を開くにあたり,出身地であるこの地に地主神と勧請した三輪明神を共に祀ったとの説である。様々な古書に従い,ここでは最澄説に従う。
 最澄は延暦寺を創建するにあたり,寺の鎮護神としてこの大山咋神を山上から降ろし一方三輪明神を勧請し比叡山の登山口であるこの地に祀る。日吉神社はその後,最澄が修行した唐の天台山山王祠に倣って「日吉山王」,さらに仏教風に「山王権現」とも呼ばれるようになる。ちなみに権現とは,権(かりに)現(あらわれる)との意味である。
 そして,神仏混淆の時代,天台宗の普及と共に,諸国に勧請され,現在でも全国3800箇所に日吉(日枝)・山王神社があり,日吉大社はその総本社となっている。

神社の構造様式と日吉造(聖帝造)

 本宮が東西に分かれているこの日吉大社の建築様式は,日吉造(ひえずくり・別名聖帝様式)と呼ばれ,正面から見ると入母屋造であるが,背面が大胆にカットされ切妻風になっている。
 また,間口3間,奥行2間のコの字型本陣とその周囲に1間の外陣が設えられ外観は間口5間,奥行3間となっている。
 正面に入り口,それに至る階段の上は庇が延長され向拝となっている。 

 

国宝・日吉大社西本宮本殿

 西本宮を背面から見たところ。
 入母屋造りの背面庇部分を切り妻風にカットしてある。両側の庇が縋り付くように取り付けられている(縋破風)。

日吉の猿と神の使い

 この日吉大社を語るとき,必ずと言ってよいほど「猿」が引き合いに出される。といっても日光のように野生の猿がえさを求めて人を襲うというのではない。日吉大社のマスコット的存在として顔を出すのである。 

神使(しんし)

 神社のこのような動物等は,神使と呼ばれ,神の使いとして,神社とは縁の深いものである。
 神使として有名なのは,伊勢神宮の鶏,春日大社の鹿,二荒(日光)神社の蜂,北野天満宮の牛,熊野神社の烏等があげられる。


西本宮に向かう。森の中の鳥居が迎えてくれる。

無常という事

 小林秀雄「無常という事」は,この日吉大社で構想された。その簡潔明瞭な古典的エッセイの中で小林は,この緑に覆われた社内での散策を「青葉やら石垣やらを眺めて,ぼんやりとうろつい」たり,「青葉が太陽に光るのやら,石垣の苔のつき具合やらを一心に見ていた」,と振り返りつつも,「一言芳談抄」の一節を想い出すところから筆を起こす。
 「モオツァルト・無常という事」小林秀雄(新潮文庫)は,もはや古典の域に達したと言ってよいほどのゆるぎない評論文である。多くの評論家が,この文庫に収められた「西行」,「実朝」等に確実に影響を受け自らをむち打ち奮い立たせるようにして己の見解を表明する。その代表は,吉本隆明であるが,自らも認めるように,その域に到達できないままである。氏は「西行」,「実朝」等についても大部をものしているが,小林が僅かな枚数で両断しているのに対し,蟷螂の斧の体である。
 殊に,「無常という事」についても「日本近代文学の名作」吉本隆明(新潮文庫)において,小林の「一言芳談抄」から引いた説話について,「一言芳談抄」の本質を看破していないと論難し,あたかも小林が「一言芳談抄」の評論をしたかのような前提で論じているのは,晩年にいたり口述により評論を加えていることを割り引いたとしても,無念というより他ない。

旅のアクセント

 この日吉大社界隈を巡るコースとしては,JR坂本駅からまず東本宮を目指し,その後,西本宮に回り,比叡山高校の脇を抜けてケーブル坂本駅に出るのがよい。西本宮から歩いて10分のところにはケーブルカー坂本駅がある。それに乗り眼下の琵琶湖を眺め旧都近江京を偲ぶ。
 表題歌は,心ならずも天智側,天武側として対立し,勝者となった者の敗者に対する鎮魂歌でもある。
 比叡の山並みを登ると10分程で延暦寺に到着する。

                            前の国宝再訪次の国宝訪問


国宝建造物編
8エリア  → 
関東・東北エリア 東海・北陸エリア 滋賀エリア 京都エリア
奈良エリア 大阪・和歌山・兵庫エリア 中国地方エリア 九州・四国エリア
国宝を訪ねてTop 国宝建造物編Home 国宝仏編Home その他の国宝編Home 国宝情報Home

copyright. 2002. kokuhoworld .all rights reserved