国宝建造物編32| 名称 | 苗村神社(なむらじんじゃ) |
| 所在地 | 滋賀県蒲生郡竜王町大字綾戸 |
| 起点駅・目安時間 | 京都駅・1時間 |
| 経路 | 東海道本線近江八幡駅・バス川守・徒歩10分 |
| 国宝建造物 | 1 西本殿 |
| 国宝仏等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| お薦め度 | ★★ |
蒲生野の南のはずれ,鏡山と雪野山に挟まれて広がる田園地帯。苗村神社の広大な神域は,2車線の広い農道によって東本宮と西本宮に杜が分離されている。
東本殿は,朱塗りの一間社流造りで重文である。朱塗りの本殿は余り目にしたことがない。
国宝指定されているのは,西本宮本殿である。
ちなみに,本殿が東西に分かれているのは,他には日吉神宮にその例があるくらいで,珍しい。
| 神社とは思えないような立派な楼門を潜ると境内がはじまる。 | |
| 国宝西本宮本殿 | |
広大な畑の数区画を開いたような境内が造られている。砂利は敷き詰められてはいるものの,神社に定番の鎮守の森がなく,やや奇異な印象を受ける。
多くの国宝神社は,深い森の中か,少なくともそのような森を背にしているが,それらと比べると実に開放的であり,その意味でやや異質である。駐車場脇から,寺院のような重文楼門が聳えている。境内の中にも至るところで,神仏が混淆している。
苗村神社のある竜王町から隣の安土町辺りにかけて広がるなだらかな丘陵地帯はかつては蒲生野と呼ばれていた。蒲生野の「野」とは穏やかな傾斜をもった土地の形状を意味する言葉で,ここではその傾きは琵琶湖に向かっている。養老山脈から琵琶湖に向かう風はその草原に沢山の薬草をはぐくみ,それらを求めて鹿等の小動物も生息していた。
天平から平安時代にかけて,貴族は,このような地で薬草を摘んだり鹿を狩りその角から薬を作ったりする「薬草狩り」を楽しんだ。今日のハイキングのようなものである。
この蒲生野の遊猟の際に詠まれた著名な歌に
がある。
標野とは御料地,すなわち,みだりに立ち入っては行けない所,野守とはそこの番人,ここでは夫,天智天皇もしくはその配下の者のこと。
額田は,大海人皇子(後の天武天皇)と結婚し十市皇女を産む。その後,大海人皇子への想いを抱いたまま,皇子の兄である天智天皇の御宮になる。二人は想いを断ち切れず,その後もひかれあい,人目を忍ぶ関係となる。?。
井上靖「額田王女」(新潮文庫)はこの三角関係を軸に大化改新,壬申の乱,と続く激動の時代の中で,揺れ動く額田王の愛の行くへを余すことなく描いた名品。
吉兆の前兆とされる白い雉が捕らえられ,年号が白雉(はくち)と改められるところから,この壮大な歴史ロマンが始まる。
ただ,先の歌,どのように読んでも秘められた関係にある者との間の歌と思われるが,近年,万葉集の研究が進んだ結果,学問とは味気ないもので,これら二つの歌は薬草狩りが無事に終わった後の宴会の中で座興として詠まれた「戯れ歌」の一つと考えられている。
万葉集に収められた歌は大きく「雑歌」,「相聞」,「挽歌」に分類整理されているが,二人の歌は,男と女の間の歌「相聞」ではなく公の事を歌った歌「雑歌」の中に置かれている,というのが主な理由。
たしかに,禁断の恋を歌った歌がここまで大っぴらになるのは不自然な話ではあるが,しかし,この歌が詠まれた頃,40前後であるはずの額田王を大海人皇子が「紫の匂える妹」などと言うのは,酒でも入っていなければ無理,からかいの歌としか言いようがない,とまで言い出すと,その年代の女性の美しさが分からないのか,ロリコンか,ナニオカイワンや,失礼な話である。
加藤唐九郎の最高傑作,志野焼茶碗に立原正秋の命銘になる「紫匂」がある。
なお,同椀は,名古屋市守山区の唐九郎記念館にて時折展示される。
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