国宝を訪ねて 国宝建造物編35

彦根城

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  咲きかけし たけき心の花房は
        散りてぞいとど香の匂いぬる
                

 井伊直弼

国宝・彦根城

名称 彦根城
所在地 滋賀県彦根市金亀町
起点駅・目安時間 東海道新幹線米原駅・30分
経路 東海道本線彦根駅下車
国宝建造物 1 彦根城
国宝仏等 なし
その他の国宝 1 絵画彦根屏風(彦根城博物館所蔵)
お薦め度 ★★

琵琶湖のほとり

 どこまでも続く青々とした水また水。その上の霞の中,比良山系が比叡のそれへと連なる。風はその山並みから下り来て,その勢いのまま湖面を這うようにしてこちらにわたってくる。右手は霞んではっきりしないが,竹生島はあのあたりだろうか?
 左手を見ると,鏡の様な湖面の照り返しを受けて,キラキラとまるで蜃気楼の様な「城」が浮かんでいる。それが彦根城だ。

 琵琶湖湖面に,釣り人が腰をおろしたように構える伊井家代々の居城は,彦根の町ばかりでなく,遠く琵琶湖沿岸の町や村からも見ることができる。湖東平野には,椀を伏せたような山が所々にあるだけだし,湖面はどこまでも滑らかで視界を遮るものはないのだから。

城のロケ地ナンバーワン

 彦根城の城郭は広く見通しがよい。彦根の町のそこかしこから朝夕に眺めることかできる。
 歴史に名高い彦根城は表門,追手門から天守に至るまで,近代的な加工が極力避けられていて,電柱,電線等の類はなかなか目に入らない。
 そのため,時代劇のロケに重宝がられているが,極めつけはなだらかに続く石段とその両脇からせり上がる長い石垣である。
 不揃いの石は,ほとんど切られたり,削られたりすることなく自然のままその力を生かすように組まれており,子供の頭位の石までも,確実に城の一角を支えている。
 戦国時代に日本各地で築城にひっぱりだこだった近江の石組み専門集団穴太(あのう)衆の手になる城壁と思われる。

 その石段から天守を見上げると,唐破風,千鳥破風,切妻破風が,縦横に組合わさっている。
 城内に入り天守に向かう急な階段を登り詰めると四方に展望が開ける。彦根の町は無論のことゆったりとした近江平野と琵琶湖を眺めることができる。

 展望を楽しんだ後城外に出て,天守閣の後に回り黒門の方に降りてゆく。天守閣の背後の石段は,段差や幅が不揃いであり,コンクリートなどで固められることもなく昔のままである。今にも裃(かみしも)を身につけた一群が駆け上ってきそうである。思わず,彼らを避け石段の端に身を寄せる。
 その石段の大きな石の一つに腰を掛けて,今来たあたりを見上げると,天守は森の木々のはるか上空にあり,この城が崖を背にして屹立しているのがよく分かる。

   

この国宝建物のここを見る

 見どころは何と言っても,どの方角から見ても千鳥破風や唐破風が幾層にも重なり合い天守に向かって集まっていく様である。唐破風には井伊家の紋にちなんだ井桁の橘をあしらった金飾りが添えられている。
 また,禅宗寺院に特有の花頭窓が2重,3重の窓として設えてあるのも彦根城の特徴の一つである。

泉水庭園・玄宮園

玄宮園からみた彦根城

 そんな古城の下には,玄宮園がある。琵琶湖の水を引き入れた泉水庭園の池とそれに臨む邸が設えてあり,城の厳しさとは対照的に雅な趣である。
 夜,この玄宮園から小高い山の上の城を見上げると,おそらく漆黒の闇の中,天空に浮かぶ月だけが光りを放ち,黒白の古城を照らすことになる。そして目を池に落とせばここにもまた月が一つ浮かぶ。
 「月明は彦根の古城」,琵琶湖八景の一つである。

彦根で読む文庫

 舟橋聖一「花の生涯」(祥伝社文庫)は,風雲急を告げる幕末の彦根城藩主伊井家13代当主直弼の感動と激動の生涯を描く。
 この花の生涯が大部と感じられる場合は,三島由紀夫「絹と明察」(新潮文庫)がある。
 これは,近江絹糸の労働争議に題を求めた三島の中編小説であるが,題材から受ける暗いイメージはほとんどなく,社員を家族の様に思い,社長と社員を親と子の関係と捉えることを会社運営の経営理念とする社長駒沢の姿が,圧倒的な筆致で描かれる。一体,これまでにこれほど登場人物の人となりや人格をつまびらかに描き出した文学があっただろうか。
 
 三島の中ではほとんど無名に近い作品と思われるが,これ以後の小説としては自決までの6年間,「豊??の海」が書かれている程度であり,この大作を除くと,三島最後の作品と言うこともできる。
 そうであるならば,この作品の中に壮絶な最後と関連させてその心情の一端をついつい求めたくなるのだが,事実,登場人物の会話や描写,その他に随所にそれを匂わせる言葉が出てくるのである。
 
 後年,三島はこの作品を,その新奇な題名「絹と明察」の説明と共に,父親との葛藤の中で日本の父親を主題に書いた作品と位置付けている。たしかに最後はそれが明らかになり,三島と父親の関係が想像され,あるいは三島の父親としての理想像などが垣間見られるのであるが,前半部分は,戦後の日本社会に対する懸念や嫌悪,憎悪までが赤裸々に吐露され,日本社会に対する不満,いきどうりのフレーズが至る所にストレートに出現すし,三島にとってどうにかしなければならない対象としての世情が書き込められている。

 それはともかく,琵琶湖の周辺から,城下町彦根,さらには彦根城の天守へと舞台は移るのだが,その天守へ社長は,ピケを張る社員との小競り合いの中でうけた傷を覆う包帯を巻いた姿で登り,自分一代で作り上げた会社を眺めることとなる。

彦根城築城400年祭

 彦根城築城400年祭と銘打ったイベントが彦根城郭で行われている。そのため人出も多い。土日には天守閣に登るための長蛇の列がみられる。この催しは2007年11月25日までとのこと,暫くは避けた方が無難である。
 なお,このイベントのためか城が磨き上げられ,金と白と黒のコントラストが異様なほど強調されるようになってしまった。ほんの少し前まではこんなことはなかったのにと,惜しまれる。

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