国宝建造物編46| 山号・寺号 | 音羽山清水寺(せいすいじ,とも) |
| 所在地 | 京都市東山区清水 |
| 起点駅・目安時間 | 京都駅・30分 |
| 経路 | バス清水通もしくは五条坂下車 徒歩15分 |
| 国宝建造物 | 1 本堂 |
| 国宝仏等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| お薦め度 | ★★★ |

清水寺へは,バス停「清水通」で降り,そこからすぐに八坂の塔が正面に見える小径「八坂通り」から向かうのがベスト。
夜ともなれば紅い提灯が並びそうな狭い通りに溢れんばかりの法観寺八坂の塔が正面に見える。
実にお馴染みの風景写真の構図がひろがっている。
法観寺の横から二年坂,三年坂を通って何時も修学旅行生で賑わう清水坂に向かう。
茶碗と食べ物屋の並ぶ坂を登り切ると,平安神宮に負けじと鮮やかな朱色の二王門と丹塗りの三重塔が現れる。
清水寺は,いつごろからこのような寺に成り下がったのだろうか。
| 八坂通りから八坂の塔が正面に見える。 | |
気を取り直して国宝本堂に向かう。九間と七間の寄棟造,檜皮葺の壮大な建築物が,山の中腹から飛び出しているように見える。飛び出しているのは,勿論,清水の舞台である。この舞台からの眺望はこの上ない。洛南の街がぼんやりと霞の中に浮かんでみえる。
舞台の対面下方では音羽山から湧き出た清水が3条の滝となり落ちている。その涼やかな糸のようにみえる水に触れて参詣客が嬌声をあげている。その斜め上にはこの本堂をやや小さくしたような造りの奥院がある。
その奥院に渡り対岸から本堂を眺める。
懸崖造りの堂々たる本堂だ。139本の太い木材で組み上げられた広い舞台の上には今にも飛び降りそうな人達で溢れている。
この舞台の木組みは,帰り道に奥院と本堂の間の急な石段を選ぶとよく見える。楓に覆われたこの階段は紅葉時紅いトンネルとなり,上から日がふりそそぐと一層美しい。
紅葉渓白き三筋の水落とし (秋雨)
京都の東をなだらかに連なる山容を東山36峰と呼ぶ。果たして36あるのか,どこからどこまでをそのように呼ぶのかも不明ではあるが,おおむね北の比叡山から南の稲荷山にかけての連山をこのように呼ぶのが習わしである。
表題歌にある音羽山もその一つであるが,現在は清水山と呼ばれているので地図を見ても出てこない。
西行は,京では北山から西山まで広い範囲を転々とし,様々な地で庵を結んでいる。
表題歌は,その場所は特定できないものの丸い椀を伏せたような独特の山容の音羽山が見える辺りに仮の居を定め,そこから眺めた音羽山の風情を詠じたもの。
「いつしか」といった西行の常套句が用いられてはいるが,季節の推移に気づいた時の伸びやかな安穏な気分が伝わってくる。
清水寺の最近の名所といえばなんと言っても本堂横の地主神社だ。
境内のとある場所から目をつむり少し離れた石に無事到達できれば恋が成就する,というもの。相当の御利益があるらしく,人気がある。
成就といえば地主神社の先に清水寺成就院がある。
ここ成就院の庭は,京の雪月花三名園の一つ「月の庭」と呼ばれる。
庭内には数多くの石造美術品が配され,中には豊臣秀吉寄進の「誰が袖手水鉢」もある。
なお,他の二つの名園,「雪の庭」,「花の庭」は廃寺,移転等により今はない。
また,この成就院のかつての住持「月照」は勤王僧として名をなし,最後は西郷隆盛とともに錦江湾に入水し,没する。しかし,隆盛は蘇生し,その後も活躍することになる。
なお,学ならずんば死すとも帰らじ,の勤王僧「月性」とは,別人物。
門前町の名物は何と言っても清水焼である。門前通りから参道までお土産物屋には必ず清水焼がおいてある。
清水焼は,京焼の一つであるが,京焼には,他に,御室焼,鷹ケ峰焼などが有名である。
この東山一帯には,かつて音羽,粟田,八阪,清水の各窯があったが,都市化の波に押され山科あたりに移転を強いられている。
東山通りのバス停「清水道」から歩いて5分程のところに「六道の辻」がある。小野篁が冥界との行き来に用いた井戸のある六道珍皇寺,国宝十一面観音立像や空也像のある六波羅密寺(国宝仏編bW)などがある。

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