国宝を訪ねて 国宝建造物編59

妙喜庵

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 花をのみ まつらん人に 山里の
     雪間の草の 春をみせばや

藤原家隆
山号・寺号 豊興山妙喜庵
所在地 京都市乙訓郡大山崎町竜光
起点駅・目安時間 京都駅・20分
経路 JR東海道本線山崎駅下車・すぐ前 
国宝建造物 1 茶室
国宝仏等 なし
その他の国宝 なし 
公開制限等 あり 往復葉書による事前申請が必要
お薦め度 ★★

交通至便・駅前国宝

 京都から20分,JR山崎駅の直ぐ前の徒歩30秒くらいの所に国宝・妙喜庵はある。間違いなく,最も交通の便の良い国宝建造物である。それにしても,このような地に,なぜ国宝があるのだろうか。

 ここ山崎は,かつては,水運の要衝。京の都方面からは桂川,奈良方面からは木津川,そして琵琶湖からは宇治川がここ山崎辺りで合流し淀川となる。これら三方面からの物資は淀川を下り西国へ,西国からの物資は,瀬戸内海を通り大坂から淀川を遡上し,京に向かう。このような地理的環境が人を集め,様々な文化を醸成した。多くの座や組合も作られ,有力神社の庇護のもと,「堺」のような自治都市が建設されていた。
 今でこそ,かつての繁栄は微塵もないが,そこかしこに残された遺跡や城址,現存する神社等におもかげが残されている。  

山崎と言えば

 この地名を聞いて思い出されるのは,ウイスキー,か。それもあるが,やはり山崎の戦いではないだろうか。
 高松城の城攻めの最中に,本能寺で信長死すの情報を得た秀吉は,急遽,毛利氏と和睦を結び,京に引き返し,ここ山崎で明智光秀と一戦を交え,信長の正当な後継者であることを世に知らしめる。
 そして,天下取りの第一歩として交通の要衝,中世経済の中心地の一つ山崎を支配に収め,山崎城の建設に着手する。その際,茶室を一つ所望する。

利休切腹の謎

 妙喜庵は,秀吉の命により,利休が意匠の粋を凝らして建築した茶室である。造られたのは,本能寺の変を聞き,備中高松から急遽引き返す,あの「中国大返し」の後,山崎の合戦で光秀を破り,天下統一の拠点として山崎城を築いた頃である。僅か2畳の空間には,草庵茶室の代表作と言うに相応しく躙口(にじりぐち)や室床(むろとこ),周囲を土壁で塗った後窓を開けるという「囲い」等利休の初めての試みがいたるところにあらわれている。
 利休は,茶頭として信長に仕えた後,秀吉にも引き続き重用され,茶の師匠にとどまらず政治面でもそのよき相談役となる。
 しかし,いつしか秀吉の逆鱗に触れ,切腹を命ぜられる。
 その表向きの理由の一つは,大徳寺(国宝建造物編bT0)山門に利休の像を安置したこととされている。
 仏像等尊き像が安置されるべき場所に,利休像が,しかも草鞋履きで佇立し,山門を潜らんとする者をあたかも睥睨するかのようにしている。そのことは,やがてその下を通ることが予定されている「天下人秀吉」を軽んずることになる,と言うのだ。

 真の理由は謎であるが,野上弥栄子「秀吉と利休」(新潮文庫)は,明治の文豪のような堅実な筆致と確かな考証で,その理由を記す。それによれば,利休が「唐御前」すなわち,秀吉の中国侵略計画の無謀さに対する非難,中傷をしたことに求める。
 利休と秀吉の人物像をすこぶるリアルに描き出し,特に秀吉の人となりがひしひしと伝わる傑作である。

誰が何を待つ 待庵

 この国宝茶室は,待庵と呼ばれている。
 利休の考案した僅か2畳の極小茶室であり,その後の茶室建造に大きな影響を与える。躙口もその一つである。
 秀吉のために造られたこの茶室に利休が亭主として客の秀吉を待つ。招待された秀吉は,大刀を刀掛けに掛け,丸腰で利休の待つ空間に,しかも腰をかがめ躙り口から入る。このような体勢は,戦国武将にとってこの上ない恐怖であろう。中で,利休が刀を持ち待ち構えているかもしれない。信頼していた家臣の裏切りは,本能寺の変を見てきたばかりである。
 秀吉の恐怖はいかばかりのものであろうか。利休は,まるでその勇気を試すように,あるいはあざ笑うかのように2畳の間で秀吉を待つ。
 その時の恐怖の裏返しとしての怒りは,澱のように秀吉の心の襞に取り付く。
 栄達を欲しいままにしてきた秀吉にとって久しく感じたことのない辱めではなかったか。
 秀吉が,利休に切腹を強いた真の理由は,謎のままである。

標題歌は,侘びの心を示すものとして利休が取り上げた家隆の歌である。

    戦国の茶室かすめて冷房車              秋雨


交通至便・観覧は困難

 この妙喜庵を鑑賞するには事前申請が必要であり,また,子供の入場はお断りとなっている。
 せめてその屋根だけでもと思い,その周りを回るが,書院造りの母家の奥に離れのように妙喜庵が続いてて背も低ければ,畳も3畳ほどのかなり小さい建物だから全く何も見えない。
 その小ささは,妙喜庵から徒歩5分のところにある大山崎町歴史資料館に赴くとよく分かる。館内には,妙喜庵の等寸大のレプリカが展示されている。

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