国宝建造物編73| 山号・寺号 | 唐招提寺 |
| 所在地 | 奈良市五条町 |
| 起点駅・目安時間 | 京都駅・45分 |
| 経路 | 近鉄西ノ京駅・徒歩 |
| 国宝建造物 | 5 金堂・講堂・経蔵・宝蔵・鼓楼 |
| 国宝仏等 | 6 鑑真和上座像・廬舎那仏座像・千手観音立像,梵天 帝釈天立像・四天王立像・薬師如来立像 (国宝仏編bQ7) |
| その他の国宝 | 1 舎利容器 |
| 公開情報 | 現在金堂修復中 |
| お勧め度 | ★★★★ |
かつて幾度か橿原線西の京駅から小径を北に唐招提寺を目指したことがある。
のどかな田園風景の中に点在する農家や道路脇の崩れかけた土塀を見ながら歩いた。開店休業のような骨董品屋を覗いたり,落ち着いた喫茶店で休憩したりしながら,まるではやる心を落ち着かせるかのようにゆっくりと歩いた。
そうしていると,やがて大きな山門が現れ,広い石段を数段上がると長い砂礫道の先に金堂が佇んでいた。金堂は光り輝きあたかも仏像が置かれているかのように厳かであった。
しかし,現在は小径も変わり果て,金堂も平成21年の完成を目指して,電車の整備工場のような屋根が全体を覆い解体修理中である。
あの丸い膨らみのあるギリシャ風の柱たちも無惨に横倒しになっていて青いビニールシートの中にうず高く積まれている。
もっとも,その他の国宝講堂,経蔵,宝蔵,鼓楼等はこれまでどおり公開されていて,改修前の唐招提寺の雰囲気は十分に伝わってくる。
| 講堂 | |
| 宝蔵 | |
| 宝蔵と経蔵が並んでいる。奥にあるのが宝蔵。 | |
開祖鑑真の渡海の苦労は,井上靖「天平の甍」(新潮文庫)に詳しい。
戒壇のないことが仏教の発展を妨げている,受戒のできる高僧を日本に,との使命を帯びて,若き二人の僧が,仏教の都長安を目指す。第9次遣唐使船に乗り込み,幾多の困難の末,ようやく長安に到着する。
二人の僧は首尾よく,受戒僧鑑真の説得に成功するが,日本への渡航自体の困難さに加え,鑑真は,唐も宝とするほどの高僧の中の高僧であり,その渡日を阻止せんと幾多の妨害がなされる。
五度の失敗後,第10次遣唐使船の帰りの便でようやくその夢がかなうが,実に最初の挑戦から10年の歳月を要している。しかも,その間に鑑真は光りを失う。
日本はそれまで,朝鮮半島と様々な交流や戦争などもあり,対馬海峡から多くの渡来人を受入れあるいは大陸に渡った者も多い。まず朝鮮半島に渡り,そこから陸路長安を目指せばそんなに難しくはないはず,と考えがちであるが,新羅の支配するその頃の朝鮮半島は国情がすこぶる悪く,唐を目指すには海上ルートに頼らざるを得なかった。
それにしても,唐の都で功なり名を遂げた高僧が,何故に命を賭してまで日本にこだわったのか?。井上は,宗教家としての伝道心の極みとする。
鑑真が唐から請来した舎利3000粒を収める舎利容器1件がある。
平素は,鼓楼の中に収められているが,貸出展示のためか寺僧と日通職員が包装しているのを偶然見かけたことがある。その頃は,建物にしか興味がなかったので,かなり由緒あるものだなと思っただけだったが,後で調べてみると国宝であることが判明した。もう少し間近で鑑賞しておけば良かったと,後悔した記憶がある。
唐招提寺は,南都六宗の一つ律宗の総本山である。
帰路は、橿原線の踏切を渡り,垂仁天皇陵の横を通り尼ヶ辻駅に向かうのがよい。天平人もこの風にふかれ,この辺りを逍遥していたのだろうか。
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