国宝を訪ねて 国宝建造物編97

浄土寺

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山号・寺号 極楽山浄土寺
所在 兵庫県小野市浄谷町
起点駅・目安時間 新神戸駅・1時間30分
経路 神戸電鉄粟生線小野駅下車タクシー
国宝建造物 1 浄土堂(阿弥陀堂)
国宝彫刻等 1 阿弥陀如来及び両脇侍像立像  (国宝仏編bS4)
その他の国宝 なし
お薦め度 ★★★★★


国宝・浄土寺浄土堂

田圃の中の阿弥陀堂

 駐車場にレンタカーを止めてあたりを見渡す。周りは田園である。田畑に囲まれてほんの数メートル高くなったところに白壁が続きその上から宝形造の瓦葺きの屋根が見える。阿弥陀堂であろう。
 看板に従って,浄土寺脇の塔頭「歓喜院」に案内を乞う。「上がってお待ちください」すずやかな娘さんが応えてくれる。
 言われるまま階段を昇り砂利の敷き詰められた境内に入る。
 境内には誰もいない。砂利を踏む音だけが聞こえる。のどかな田園に浮かぶ寺である。
 正面やや右に,一見奇妙であるが八幡神社及びその参道があり,右に薬師堂,左に,否,西にと言うべきか浄土堂と呼ばれる阿弥陀堂が配されている。

 阿弥陀堂は方三間の宝形造,本瓦葺きである。三間といっても一間が相当長く柱間は6メートルはある。外側は朱塗りであるが殆どはげ掛けていて荒廃の趣がある。
 やがて,娘さんが大きな鈎鍵を手に現れ,それを自在に操り堂内に案内してくれる。

なだらかな坂道の先に浄土堂の屋根がみえる。
 
 
 
 
 
 

この世にあった極楽

  眼前に,思わず声が出るほどの壮麗な国宝・三尊が佇立している。
 堂内に少しずつ光りが導かれ,それとともに三仏の尊顔が少しずつ明らかになる。 
 今日のように様々な情報が氾濫し,各種のデータを容易に手にすることのできる時代に生きた者は,いかに初めての情報でも少々のことでは驚かない。しかし,この三仏を眼前にし,嘆息の声を発することの無い者がこの世に何人いるだろうか。

 ましてや,情報など皆無であった中世に生きた人達にとって,堂内に入り突然立ち現れる三尊の御姿は,瞼にどのように映ったのだろうか。

 どれほどの驚嘆の声あげ,どれほどの崇敬の念を抱いたことであろうか,想像だにできない。

 誰もがその場に跪拝し,弥陀の名号が自然と口から生まれ出ることを止められない。そして,誰もが瞬時に,それまで半信半疑であった浄土の存在を確信する。 念仏を唱え仏に導かれ浄土に向かう姿を現実のものとして受け入れる。

 快慶作と伝えられる中尊の阿弥陀如来は六メートル近い巨躯を堂内一杯に広げ佇む。光背は化粧屋根裏の一番深いところにあと数センチで触れそうである。脇を固める二躯の侍像も4メートル近くあり堂内は神々しくさえある。
 この他堂内には何もなく周囲の桟戸や背後の蔀戸から薄明かりが漏れ来るばかりである。

化粧屋根裏と繋虹梁(つなぎこうりょう)

 化粧屋根裏とは,文字通り屋根裏が天井もなくむき出しとなり,そこに装飾が施されているものであり,屋根裏をそのまま利用するので屋根を支える柱や梁,垂木等を鑑賞に耐えうるように手が入れてある。

 そのため建物の構造,木組み等がよく分かり素人にも興味が涌いてくる。虹梁もその一つである。
 虹梁は本来,庇と柱を繋ぐ垂木の一種であるが,浄土堂の屋根裏を眺めるとその機能がよく分かる。
 
 中央の四本の柱のそれぞれに三本の虹梁が渡されていて四本の柱から飛び出した肘木も重厚感が漂う。

開祖・重源

 この浄土寺中興の祖重源は,源平の争いで焼失した東大寺大仏殿の再建に貢献した勧進僧である。そのため東大寺南大門と同じくこの浄土堂も大仏様(天竺様)が色濃く残されている。

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