国宝建造物編101

| 名称 | 旧閑谷学校(きゅうしずたにがっこう) |
| 所在 | 岡山県備前市閑谷 |
| 起点駅・目安時間 | 岡山駅もしくは相生駅・40分 |
| 経路 | 山陽本線吉永駅 タクシー5分 |
| 国宝建造物 | 1 講堂 |
| 国宝彫刻等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| お薦め度 | ★★★★★ |
旧閑谷学校は,吉永駅から南へ約4キロ,山陽自動車道方面に下ったあたりにある。バスはなく徒歩では1時間ぐらいかかるので,ここは駅前のタクシーを利用する。信号もほとんど無いことから,踏切で止められなければ5,6分で手入れの行き届いた駐車場に到着する。
山里に見捨てられた廃校を想像していると,そのギャップに動揺してしまう。
旧閑谷学校は,藩主池田光政が藩内に建てた「郡中手習所」の一つであったが,現在では,岡山県青少年教育センターの管理下に置かれている。周辺地域は,景観を生かした開発がなされていて旧閑谷学校もその中心に組み込まれ,ほどよく整備されている。
駐車場から小さな池をへて校門に向かう。
校門は,屋根にはシャチを載せ,両袖には花頭窓の装飾があしらわれた,全体としては中国風の門である。しかし,校門の奥に孔子を祀った聖廟があるので,違和感はあまりない。ならば,国宝講堂も中国風か,と想像を巡らす。
受付を過ぎ庭に出る。庭と言うより広場である。中学校の校庭ほどの広さに一面芝生が敷き詰められている。その緑の絨毯の奥に講堂があった。芝生の淡い緑と森の濃い緑に挟まれて威風堂々とした講堂がたたづむ。思わず驚嘆の声が出る。「すばらしい」。

約260件の指定がある国宝建造物の中で,学校の遺構が指定されているのは,この閑谷学校だけだ。
この講堂は,1701年の建築というから,国宝建造物の中では比較的新しい部類に属する。そのためか,西洋建築の様式がところどころで取り入られていて,全体として斬新な雰囲気が漂う。
5×4間の周囲4面に庇が架けられ,その上には備前焼瓦が載せられている。内部は総床式となっていて外側は口の字型に廊下が設えてある。ひんやりとした木肌が素足に心地よい。
江戸時代中頃,各地の大名は特産品の開発や地場産業の育成など,地域振興に力を入れ,その基盤作りのために盛んに藩校を建て新知識の吸収に努めた。この旧閑谷学校もそんな藩校の一つで「好学大名」と言われた池田光政が藩学振興のため建立したものである。
この藩校では,熊沢蕃山が陽明学を教えている。
だが,陽明学は,言行一致を旨とし,「目上の者の言うことでも間違いは間違い」とするもので,幕府にとっては誠に不都合な学問であった。その証拠にこの陽明学の信奉者大塩平八郎の起こした乱は幕府に一時的ながら衝撃を与えた。
しかし,池田光政は好学大名の名に恥じずこの陽明学を藩学の基礎としていた。
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