国宝建造物編104| 山号・寺号 | 転法輪山大乗院浄土寺 |
| 所在 | 尾道市東久保町 |
| 起点駅・目安時間 | 新尾道駅・30分 |
| 経路 | 新尾道駅からバス20分JR尾道駅。駅からバス10分 |
| 国宝建造物 | 2 本堂・多宝塔 |
| 国宝彫刻等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| お薦め度 | ★★★ |

山陽本線の特急が海沿いの小さな踏切を疾走する時,その風圧に引き込まれそうになり,身の縮む思いをする。
尾道は,水道とそこに落ち込むように迫り出した山との間の僅かな平地にできた町だ。その猫の額ほどの平地を鉄道が走るのだから,家々はいきおい斜面を這い上がる。
浄土寺へ向かうには,「浄土寺下」の交差点近くから始まる急な石段を登るのがよい。ここが正式な参詣道だ。
山陽線のガードを潜ってすぐに始まる石の階段を,ゆっくり登って行くとやがて山門前に出る。石段の途中で振り向くと眼下には,陽光にきらめく尾道水道と対岸の向島が見え,日立造船の工場群も目に入る。
浄土寺は,山の中腹にある。寺伝は推古天皇の24年,聖徳太子の建立とする。
しかし,太子創建後しばらくして火災などで廃退,土地の富豪などから様々な寄進を受け再興するも,やはり火災で堂宇が繰り返し失われる。現在の伽藍は,中興の祖定証上人の整備によるものである。その後も,足利尊氏が多くの堂宇を建立寄進するが焼失する。
尊氏とこの寺の関連は,尊氏が建武の政府に追われ九州に逃れる頃から始まる。尊氏は九州に逃れ態勢を整える際に,この浄土寺に立ち寄っている。その時,土地の者は尊氏を向かい入れたという。
それにまつわる祭り「吉和踊り」が現在も行われ,そのクライマックスが浄土寺境内での奉納踊りである。
国宝多宝塔全景

国宝本堂
朱塗りの斗?がうつくしい
国宝,重文の建造物修理,修繕を多数手がけた宮大工松浦昭次さんは,この浄土寺本堂が,みずから手がけた中で一番美しいという。その美しさは,「薄化粧の日本美人」だそうだが,意外にもこの本堂は,東大寺を建造した大工,藤原友国,国貞が建築したものらしい。本堂解体修理の際に出現した「棟札」からその事実が判明したそうである。松浦昭次「宮大工千年の智恵」(祥伝社黄金文庫)
東大寺建築では,「造東大寺司」なる監督官庁が存在したことから,恐らく様々の制約,規制があったと推測されるが,ここ瀬戸内では,それらから解放されて,降り注ぐ穏やかな日差しと吹き寄せる潮の香りの中で天平大工達が,達成感と誇りを旨に,しかし,のびのびと建築にいそしんだのではなかろうか。
尾道は,文学にもゆかりが深く,志賀直哉の代表作「暗夜行路」の執筆が開始されたのも,この地である。志賀直也は30年近くかけてこの大作をものしているが,数年間ここで執筆し,残りは,奈良の新薬師寺(bU7)近くで書き上げている。
物語は,不義の子であることに悩む主人公が,自分の妻の不義にも悩むという,題名の通りいささか暗いものとなっていて,旅先で読むのは,その長編であることも加わり余りお薦めできない。となると通勤の行き帰り,か?。
その点,林芙美子の「放浪記」は,小学生の頃に童謡「故郷」を複雑な想いで歌ったとの書き出しで始まる自伝的小説であり,面白く読める。
木賃宿暮らしをして故郷と呼べるところのないのない林にとって,善意の人々に囲まれ,女学校まで卒業できた尾道は,心の安すまる故郷であったに違いない。
「港にくれば憩いあり 人間皆吾を慰めて 煩悩滅除を歌ふなり」
尾道東高校の傍らに碑が建っている。今では,森光子の上演ロングランがギネス記録とかで話題となっている。
他に林芙美子は,「風琴と魚の町」で尾道や近在の島々を克明に描写している。
放たれて 瀬戸をわたれや 鯉のぼり (秋雨)
古くは小津安二郎の東京物語,最近では大林宣彦の「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼ」の尾道3部作。その後の新尾道3部作「ふたり」「あした」「あの,夏の日」等,尾道を舞台とした作品は多い。それらの作品の中には,沢山の寺や狭い石段など尾道の魅力が余すことなく描かれている。
なお,東京物語では,この浄土寺の40年前のたたずまいを偲ぶことができる。
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