国宝を訪ねて国宝建造物編105

向上寺

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国宝・向上寺三重塔


山号・寺号 潮音山向上寺
所在 豊田郡瀬戸田町瀬戸田
起点駅・目安時間 新幹線尾道駅1時間30分 同三原駅・50分 
経路 新幹線尾道駅からバス山陽本線尾道駅・同駅から徒歩5分桟橋・船45分・徒歩
三原駅から徒歩5分桟橋・船25分・徒歩
国宝建造物 1 三重塔
国宝彫刻等 なし
その他の国宝 なし
お薦め度 ★★★★

しまなみ海道

 灰ばんだ朱塗りの三重塔が群青の海を見つめている。そこを行き交う舟と白い航跡を。
 15世紀初頭に隆盛を誇った伽藍は,しかし,明治の始めに,この塔だけを残し焼失する。以来,この塔は独塔となり,瀬戸内の海面を見つめる。

 向上寺へは,昔は船で訪ねるしかなかったが,今では縫うようにして「しまなみ街道」が海を跨ぐ。しかし,7つの橋をつないで四国に至るこの街道も三原や尾道からの船便の便利さにはかなわない。向上寺へは船便がよい。

   

眺望抜群

   

瀬戸田の港に船が着くその頃,島の山上を見上げると森の中から塔の最上層の甍とふうりんが見える。港を降り立ち,それを目当てに適当に歩けば,間違いなく到着する。
 長い石段を登っていくと庫裏の前に出る。申し訳程度の境内には他にはめぼしい建物はない。境内脇には,黄緑色の綺麗な藻が一面に広げられた小さな池があり,塔への石段がそこから始まっている。
 石段下から見上げると両脇に生い茂った木の間から色あせた朱色の塔が覗いている。
 数百年の間,風雨や潮風に晒されたはずの塔は,意外と傷みもなく,まるで胸を張るかのように佇立していた。プライドの高い老紳士のように毅然として,瀬戸内の海を見つめていた。
 塔の脇を進むと眺望は一段と開ける。そこからは,島全体と周りの島々,その間を埋める瀬戸の海,島影の緑と海の碧さと朱の塔が美しい。

   

平山郁夫の故郷

 ここ,生口島(いくちじま)は,日本画壇の超大家、平山郁夫氏の故郷でもある。
 平山氏といえば,シルクロードや紫禁城等が思い出されるが,故郷を描いた作品に「しまなみ海道五十三次」がある。文字通りしまなみ街道に沿って描かれた約60点の水彩素描画からなる作品である。
 当然のことながら,その中には,ここ向上寺とそれを包み込むような潮音山を題材としたものも数点含まれている。 

平山美術館

 そのような氏の功績を紹介する美術館が向上寺から徒歩10分ほどの所にある。日本風の瀟洒な外観は,訪ねるものを大いに期待させる。その期待通り収蔵品には少年時代の習作から時折展覧会等で見かける大作まで,相当数あるようで数多くの作品が惜しげもなく展示されている。
 中でも,入ってすぐのところに薬師寺,興福寺,長谷寺,法隆寺等,塔を描いた作品数点が並べられている。
 少年の頃から,平山氏は向上寺の裏山を遊び場として,よく向上寺三重塔をメインとする構図で写生をしたという。氏の画才発展に向上寺三重塔が多大な影響を与えたことを暗示するかのような配列となっている。地元美術館の粋な配慮がなされている。事実,この島が氏に様々に寄与したことは,これらの作品や次のエッセイ等からもみてとれる。
 

 「自分にとっての美しいことというと,春風たいとうとした瀬戸内の思い出しかなかった。素直に描けるのはやはり,健康で飾り気のない島の人々の明るい表情,静かな島のたたずまい,潮の香りだった。」(日経ポケット・ギャラリーより抜粋)
 広島と都会の惨状を目にした後の,当時の心境をこのように述懐している。

この一冊

 平山郁夫「生かされて生きる」(角川文庫)にも同様の文が載っている。
 平山郁夫は,勤労動員中,広島で被爆。以後,白血病と闘いながら「無心で描けるテーマ」を求めて,やがて仏教と出会う。

国宝の島大三島

 しまなみ海道に立ち入った以上,「国宝の島大三島」には,是非立ち寄りたい。国宝工芸品8点があり,交替で展示されている。

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