国宝建造物編106
| 山号・寺号 | 明王院 |
| 所在 | 広島県福山市草戸町 |
| 起点駅・目安時間 | 福山駅・10分 |
| 経路 | タクシー10分。バスもあるがバス停から大分距離がある。 |
| 国宝建造物 | 2 本堂・五重塔 |
| 国宝彫刻等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| お薦め度 | ★★★ |

明王院は,芦田川の堤にせり出した小高い丘の中腹にある。急な石階段を登り始めると,室町時代に造られたという山門の屋根が見え始める。国宝寺院の入り口を飾るに相応しい四脚門だ。やがて山門の中に国宝本堂と国宝五重塔の屋根が現れる。
石段を登り切り,山門から中に入ると,山の中腹にあるためか,寺域は思いの外狭い。この僅かな境内の中に国宝本堂,五重塔の他,書院,庫裏もあって,景観は今一つ。
寺歴によれば,明王院の前身,常福寺は空海により大同2年に開山されたという。この大同2年は,空前の寺院建築ラッシュであり,この年に一体何があったのか,と問いかけたくなるほど,不思議な年だ。
近くには,これといった集落は見あたらないが,普段着姿の参拝客が,意外と多く,近在では人気のある寺院のようだ。
| この急な石段を上がると山門がありそこから境内が始まる。 | |
| 明王院の本堂と五重塔が現れる。これは五重塔。丹塗りが美しい。 | |
| 国宝本堂 | |
瀬戸内海の入り江が,この寺のすぐ前まで入り込み天然の良港を造り,町に賑わいを呼んでいた。
中世から栄えていたこの港町を見渡す小高い丘に,国宝五重塔と本堂は,辺りを睥睨するかのように穏やかな瀬戸の入り江に向かって佇立していた。そのため,朝日を一杯に浴びる優美な五重塔が,瀬戸内の沖をゆく船から見ることができた。
しかし,江戸時代の大洪水で,この港町門前町は,まるであのポンペイのように一夜にして姿を消す。
今では,往時を思い起こさせるものは何もないが,芦田川の土手や堤防のいたるところから当時の遺物が出てきて,往時の隆盛を想像させる。
この明王院直下にある草戸地区一体は,「日本のポンペイ」と呼ばれ,福山市により「草戸千軒町遺跡」として保存されている。
なお,福山市立博物館で,このからの発掘品等が鑑賞できる。
この福山で産まれ中学時代までを過ごした作家に井伏鱒二がいる。
幼い頃から瀬戸内の海を見て育ち,時には小高い丘から鏡のような海を行き交う船を眺めたことであろう。また,祖父の膝の上でかつての塩飽諸島を根城にした水軍(海賊)の話も聞いたことであろう。
この瀬戸内を舞台とした短編に井伏鱒二「さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記」(新潮文庫)がある。義仲に襲われ,さらに義経に追われて西方に逃げまどう平家軍の再起を描く戦記物ではあるが,戦をとおして平家の若き公達が成長していく様を描く。
読者には結果が見えているが,無論,平家の若き公達にはそんなことは分からない。都に返り咲く日を夢見て屋島に全部隊が集結するまでを描く。
特筆すべきは,部隊を任された若き大将には,当初,戸惑いがあったものの,時が経つにつれ指揮,統率にも自信が持てるようになり,その少しずつの変化を彼の日記の文体の表現の変化によって表現するという,至って困難な微妙な作業を含む小説となっている点である。
井伏鱒二というと「黒い雨」や「山椒魚」の印象が強く,集金旅行,貸間あり,本日休診,駅前旅館といった映画作品の原作者であることとはなかなか結びつかない。しかし,併収の「ジョン万次郎漂流記」は直木賞を取っているし,同じく併収の「二つの話」は,SFチックな仕立てとなっている等,どちらかといえばエンターテイメント作家の部類に入るかも知れない。
明王院の前から河口を下り瀬戸内に出て少し南下すると鞆の海岸に出る。古来より瀬戸内をゆく舟は,この鞆の港に停泊し,帆を休めた。
表題歌は,いつもは鏡のような穏やかな瀬戸内の海が,時折見せる波の高い荒れた情景を描写したもの。山陽道海路の歌の一つ。
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