国宝を訪ねて国宝建造物編108

神魂神社

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 飫宇(意宇)の海の 潮干の潟の 片思いに
        思いや行かむ 道の長手を

門部王・万葉集巻4ー536
名称 神魂神社(かもすじんじゃ)
所在 松江市大庭町
起点駅・目安時間 松江駅・15分
経路 タクシー15分
国宝建造物 1 本殿
国宝彫刻等 なし
その他の国宝 なし
お薦め度 ★★★


国宝・神魂神社本殿

松江市郊外

 松江市街の雑踏から南東方向に少し離れたところに神魂神社,熊野神社が鎮座し,島根県立八雲立つ風土記の丘資料館の建つ丘陵地帯がある。周りは幾層もの森が重なり,後方の森は霞の中にあるようだ。
 
 その島根県立八雲立つ風土記の丘資料館の前でバスを降り,曲がりくねった田舎道を5分ほど歩くと神魂神社の鳥居の前に出る。

 鳥居からすぐに石段が始まるが,途中から男坂と呼ばれる傾斜の急な石段が右手に現れる。迷わずそれに取り付き登る。蝉時雨の中,森の上から下りてくる風が心地よい。

 石段を登り切ると,小さな小学校の小さな運動場ぐらいの境内が表れる。その中央に神魂神社が鎮座している。広大な森を背後にした古色蒼然たる社である。森の緑に時代を経た柱や屋根の色が自然の風合いを醸し出している。
 神社建築様式の一つ大社造の代表例は,勿論,出雲大社であるが,この神魂神社は,1346年の造営で日本最古の大社造の遺構として貴重である。

大社造りと神明造

 神社建築様式は,一般に8種に分類されるが,その中でも神社の大半は大社造もしくは伊勢神宮に代表される神明造で占められている。 

 この二つの様式は,屋根が「切り妻」,その上に千木と堅魚木(かつおぎ)を載せる等,共通点が多いが,大社造と神明造では,入り口の位置に大きな違いがある。
 大社造は,切った側に入り口のある「妻入り」であるが,神明造では,棟と平行な面に入り口のある「平入り」となっている。
 なお,南北朝の頃,天孫系の神社は平入り,国津神系の神社は妻入りと定められたと言われている。
 また,千木と堅魚木についても僅かであるが違いがある。
 千木とは,屋根の上で剣を二本斜めに交差させたような飾り木のことであるが,この千木が神明造では破風の一部としてそれが延長して突き出ているが,大社造では別材で造られたものが載せられている。
 また,堅魚木は棟の上に置かれている文字通り鰹節の様な飾り木であるが,神明造では9本乃至10本,大社造では3本が載せられている。  

千木

 神魂神社の大社造は,規模において,出雲大社よりはるかに小さいが,その他に屋根の上の千木の形態に大きな違いがある。

 その先端の切り口が垂直(外削ぎ)になっている出雲大社に対し,この神魂神社では水平(内削ぎ)にカットされている。
 なお,この内削ぎ,外削ぎの語源であるが,伊勢神宮の内宮,外宮の千木の切り方に対応した呼び名と思われる。 

出雲風土記

 この神魂神社のすぐ近くには「島根県立八雲立つ風土記の丘資料館」がある。
 この資料館には国宝銅剣,銅矛等が展示されているので見逃せない。

 同様の風土記の丘は,「近つ飛鳥風土記の丘」,「常陸風土記の丘」をはじめ全国各地に点在し,その数は数10カ所にもおよぶ。

 風土記とは,元明天皇の和銅6年(713年),地誌の編纂が大和国各地に命ぜられ,それに応じて諸国が編纂したものであるが,その中で,現存するのは常陸国風土記,出雲国風土記等全部で5件のみであり,そのうち完全な形で残されているのはここ出雲で編纂された「出雲風土記」だけである。

 では,風土記には一体どのようなことが記されていたのだろうか。
出雲国風土記では,ます出雲国の大きさと範囲を地形や歩数で表している。そして国名の由来や特徴を記述した後九つの郡についてその詳細を紹介している。各郡には沢山の郷があり,その一つ一つについてその大きさや郷の特徴由来等につき記述している。また,山,川,池,浜等につきその大きさと名産品等につき詳細に記述している。神社についても社名をことごとくあげている。 

飫宇(意宇)の海と意宇の川

 一首は出雲守の任を終え都に向かうときに,一度は娶ったものの別れた女性に片思いをしながら長い道を帰る,というもの。飫宇(意宇)おうの海とは松江市の中海のこと。かつて神魂神社の辺りは出雲国の中心であり出雲国府も置かれていて,その脇を流れる意宇川は中海に注ぐ。

小泉八雲の愛した水の都・松江

 水の都・松江は,宍道湖と中湖をつなぐちょうど鶴首のような水道辺りをやさしく包むようにしてできた城下町である。
 清廉な水をたたえる宍道湖には,いつも薄紫色の朝靄がたちこめ,目を凝らすとその中に,シジミや白魚など「宍道湖の七珍」と呼ばれる魚介類・海産物をとる木の葉のような小舟が浮んでいる。

 また,市内のいたるところを川がめぐり,城山は緑溢れる堀に囲まれている。最近は,その堀を遊覧船が行き交い,一時の舟遊びが楽しめる。
 この遊覧船乗り場の一つの近くに,武家屋敷が並びその中に小泉八雲が松江滞在中に暮らした屋敷が残されているが,現在は,彼の記念館として当時のまま保存されている。
 八雲の作品には,ワンスアポンナタイムで始まる短編「怪談」がある。

英雄伝説

 神魂神社がわずかではあるが 叙景されている作品がある。半村良の英雄伝説である。
 半村良には,この英雄伝説の他,黄金伝説,戸隠伝説等の伝説シリーズ13作があるが,その中でも特に本書は,多くのファンの心を捉えたようだ。
 なるほど,この英雄伝説は,面白い。
 日本の古代,弥生時代から古墳時代にかけては様々な部族が九州,出雲から東遷し,大和朝廷の成立に繋げるが,無論、それには,もともとの居住者との武力による衝突は必死であり,多くの犠牲を伴ったことであろうが,一体,そのエネルギーはどこから出てくるのか。
 物語は,現代。バブル経済の少し前,いわゆる高度経済成長期の頃,広告会社の立て直しに情熱を燃やす企業戦士佐伯は,ヒョンなことから新薬開発をめぐる争いの中に取り込まれていく。
 神魂神社は,この物語の終章に近いところで「登りにくい素朴な自然石の階段を上がって」と,紹介されている。
 古代では,より戦闘的な兵士をより多数擁した部族が,それに劣る部族を制圧し,その結果,繁栄を極めていくていく。そのために部族の長が兵士を鼓舞するためにとった手段とは・・・・・。
 
 黒岩重吾は,その独自の古代史を展開する中で,卑弥呼が支配者たり得たのは命を落とすことも省みない狂信的信者を抱える新興宗教の教祖だったから,と言う興味深い見解を披瀝しているが,半村良のこの作品にも通ずるものがある。
本書を貫く古代史に関する大胆な推理は,結構,それもありうるな,と思わせるところも多く古代史ファンには楽しめる読み物になっている。また,古代から現代に共通する営々とした人間の営みを考えさせたりしてなかなかのモノとなっている。

旅のアクセント

 松江城とそれを取り囲むお堀を巡る「堀川遊覧」が一興である。
 近くには,美術館「ルイス・ティファニー庭園美術館」があった。近時,雨後の竹の子のように美術館造りが盛んであるが,その中では質,量共に特筆すべきものとなっていたが,残念ながら現在は,閉館となっている。

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