国宝仏編№14

国宝を訪ねて

鞍馬寺

鞍馬寺案内

山号 松尾山金剛寿命院(鞍馬寺)
所在地 京都市左京区鞍馬本町
最寄駅・目安時間 新幹線京都駅から60分
経路 叡山電鉄出町柳駅から鞍馬駅・乗り換えケーブル多宝塔駅下車徒歩
国宝仏 毘沙門天立像等 1件3軀
国宝建造物 なし
その他の国宝 1 考古(金銅三尊像3軀を含む「鞍馬寺経塚遺物」)
秘仏・公開 霊宝館で公開

鞍馬寺の国宝仏1件

仏像名 安置場所 備考
毘沙門天・吉祥天・善膩師童子像 霊宝殿 3軀

鞍馬寺の歴史

 鞍馬川を脚下に見る鞍馬山南中腹に位置する鞍馬弘教の大本山。平安京北方鎮護の寺ですが,寺の開基は鑑真の高弟鑑禎が毘沙門天を奉安したことから始まるとされています。

 鞍馬は平安京の北にあたることから、北から侵入する悪鬼を防御し都を護る寺として延暦寺や愛宕神社と同様の役割を担ってきました。
 なお,四天王のうち北方を護る多聞天は,独尊となると毘沙門天と呼ばれますが,ここ鞍馬寺には、多くの毘沙門天像が祀られており,その中で、左手を額にあて遠く都方面をかざして見るという特異なポーズをとる毘沙門天が国宝に指定されています。

霊宝館

毘沙門天・吉祥天・善膩師童子像

 この毘沙門天像は,吉祥天と善膩師童子を脇侍とする三尊一具形式をとっています。また,多くの毘沙門天は左手に宝塔を持ちますが,この像は額にかざしています。なかなか,ユーモラスな姿です。
 なお,吉祥天は毘沙門天の妻、善膩師童子は,毘沙門天の息子と言われています。
 毘沙門天と善膩師童子は栃材の,吉祥天は檜材の一木造です。吉祥天の胎内納入品から1127年の製作とわかりますが,毘沙門天,善膩師童子の2像も同時期に造像されたと考えられています。
 これら3軀の国宝仏は霊宝殿に祀られています。

経塚の発掘

鞍馬寺経塚遺物

 明治11年に行われた本殿金堂後方付近の発掘により経塚が出土し、多くの埋葬品が発見されました。それらは一括され「鞍馬寺経塚遺物」として国宝に指定されました。
 経塚とは,書写した教典を筒や箱に入れ土中に埋めることにより造られる塚のことですが,末法思想の到来と共に弥勒菩薩が現れるまで教典等を護ろうとしてこのようなことが各地で流行しました。ここ鞍馬寺では,僧侶が清原家に依頼され写経し塚が造られました。
 その中には,毘沙門天を中尊とする金銅三尊像も含まれていますが,こちらは分類上は彫刻ではなく考古となっています。他には,銅宝塔などがあります。    

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