国宝仏編№23
| 山号 | 小田原山法雲院(浄瑠璃寺) |
| 所在地 | 京都府相楽郡加茂町 |
| 起点駅・目安時間 | 新幹線京都駅から1時間30分 |
| 経路 | JR・近鉄奈良駅からバス |
| 国宝建造物 | 2(国宝建造物編№60) |
| 国宝仏 | 阿弥陀如来座像等 2件13軀 |
| その他の国宝 | なし |
| 秘仏・公開 | 公開。一部は東京国立博物館,京都国立博物館に寄託中 |
| 仏像名 | 安置場所 | 備考 |
| 阿弥陀如来座像 | 本堂 | 9軀 |
| 四天王立像 | 4軀(内2軀は東博・京博に各寄託) |
九体寺,九品寺あるいはその字名から西小田原寺とも呼ばれています。
阿字池を挟んで国宝三重塔と国宝本堂(九体阿弥陀堂)とが対面しています。国宝仏13軀はその全てが本堂に安置されています。
観無量寿経に忠実に「九品の弥陀」を九体の阿弥陀如来像で表現しています。かつてはこのように9軀を祀ることが盛んに行われ,その作例は30ケ所にも及んだとされています。しかし,現在,九軀全部が残されているのはこの浄瑠璃寺の他にはありません。現存最古唯一の九体仏と言えます。しかし,その製作年代については,争われています。1053年に造られた定朝作平等院鳳凰堂阿弥陀仏より前とする立場とその後という立場があります。しかし、定朝の均整のとれた膨らみに対し,浄瑠璃寺の諸像は膨らみが強く,全体に丸みがかっています。そのような点から,鳳凰堂阿弥陀仏より前、しかし、極めて近接しての制作と考えられています。また、1047年に本堂が建立されていますが、柱間数や間取りからして九体を配置することを前提として作られていることから、本堂建立に合わせて作られたものと思われます。
いずれにしても鳳凰堂阿弥陀仏に酷似していることから定朝もしくはその工房の作品であることに間違いはありません。
ひときは大きい中尊の丈六像を挟んで左右に四軀ずつ半丈六の像が並んでいます。黄金色に荘厳された九軀の弥陀が整然と無言で居並ぶ姿は迫力満点です。この居並ぶ弥陀を拝して浄土の存在と弥陀の来迎を疑う者はいないでしょう。
なお,中尊は九重の蓮華座に座る周丈六の坐像であり,弥陀の九品印のうち上品下生印(来迎印)を結んでいます。脇侍の8軀は上品上生印(法界定印)を結んでいます。
これらの諸尊は,檜材による寄木造りです。寄木造りは,言うまでもなく定朝が完成させた技法です。
阿弥陀如来の印相はその種類が多く呼び名も複雑ですが,上品上生から下品下生までの九種ある九品印がよく知られています。
これは,左右の手の親指と人差し指で輪を作る上品,同じく親指と中指とで輪を作る中品,同じく親指と薬指とで輪を作る下品,の3種に,さらに,手の位置の3種,すなわち膝の上に置く上生,胸の前の中生,右手を上,左手を下にする下生の3種を組み合わせ9種にしたものです。
浄瑠璃寺の中尊は左右の手の親指と人差し指で輪を作り,その右手を上,左手を下にしているので上品下生印になります。
同様に,脇侍の8軀は左右の手の親指と人差し指で輪を作り,それを膝の上に置いているので,上品上生印になります。
周丈六とは,中国周の時代の長さの単位です。普通丈六とは1丈6尺で約480センチであるのに対し周尺の1丈6尺は約360センチです。ちなみに中尊は坐像で224センチあります。
檜の寄木造りで全身に彩色が施され,その色の多さと美しさは,東寺,興福寺等の他の国宝四天王像の中では群を抜いています。また,像高も170センチ前後で均整がとれ安定感があります。
かつては,九体阿弥陀を守護するように本堂の四隅に配されていましたが,現在は広目天は東京国立博物館に,多聞天は京都国立博物館にそれぞれ寄託されていて残りの持国天,増長天が弥陀を守護しています。
ただ,堂内が暗いため色目があまりハッキリしないのは残念です。できればライトなどを持参して拝観したいところです。しかし,いずれも国宝の名にふさわしい逸品です。
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