国宝仏編№35

国宝を訪ねて

聖林寺

 さくはなの とはににおへる みほとけを
   まもりてひとの おいにけらしも

会津 八一(観仏三昧)

聖林寺案内

山号 聖林寺(霊恩山遍照院)
所在地 奈良県桜井市大字下
起点駅・目安時間 新幹線京都駅から1時間30分
経路 近鉄京都線・橿原線大和八木乗換、大阪線桜井駅下車・バス
国宝建造物   なし
国宝仏 十一面観音立像 1件1軀
その他の国宝 なし
秘仏・公開 公開

聖林寺の国宝仏1件

仏像名 安置場所 備考
十一面観音立像 観音堂 1軀

聖林寺の歴史

 藤原鎌足の長男定慧(じょうえ)の創建にかかる寺と言われています。ここから山を少し登ったところの談山神社の別院として建てられたものです。
 定慧は、幼くして出家します。飛ぶ鳥を落とす勢いの鎌足でしたが、長男が政争に巻き込まれるのを恐れてのことだと言われています。定慧については、その出生から死亡に至るまで様々な説のある謎の多い人物です。
なお、聖林寺は、現在、真言系の単立寺院です。 

 

十一面観音立像

 寺全体が懸崖作りのような、崖に石組みを施した上に建っています。小さな山門を入るとすぐに本堂です。本堂には本尊の地蔵菩薩が祀られていますが、その容姿には少し驚かされます。
 十一面観音は、本堂からさらに階段を50段ほど上がった上の観音堂に安置されています。
 辺りの景観に溶け込んだ趣のある御堂の中から、訪れるものにやさしいまなざしを投げかけます。あたかも千年以上もそこに立ちすくんでいたかのように、静かに佇立しています。

        



                  

路傍の観世音

 しかし、この御仏は、数奇な運命を辿ったと言われています。元は三輪山の大御輪寺に祀られていたものが、廃仏毀釈により路傍に長いこと放置されていたそうです。そこを通りかかった、聖林寺の住職が、見かねて持ち帰り寺に祀りますが、それが、やがてフェノロサ、天心の目にとまり激賞を受けます。そればかりかフェノロサは、祀るための厨子を寄贈したと言われています。
 その後は、奈良国立博物館に長期間寄託され、その間に和辻哲郎が芸術作品として賛美の辞を書き残します。
 やがて寺に戻った御仏は、本堂脇の厨子に安置されます。しかし、その厨子は、扉を開けても上半身しか見えなかったと、水原秋桜子の随想(大和へ吉野へ)には書かれています。その文中に「現在、この仏のためのお堂が丘の上に建てられている」とあり、それが現在の観音堂です。

八一と観世音

 表題歌は、八一が旧知の老僧を聖林寺に尋ねたときのものです。八一は、仏を優美な花が悠久に咲き続けているようだと、詠っています。
 なお、「ひと」とは、無論旧知の老僧のことで、その老僧が八一に語ったところによると、仏が路肩に放逐されていた、というのは後世の戯れ言であり、本当は、棄却を恐れた当時の大御輪神社の神主と聖林寺の住職とが謀り、聖林寺に迎に入れた、とのことです。

見いだされた観世音

 聖林寺は、山の中腹にへばり付くつくように建っています。各塔堂は小ぶりで上へ上へと伸びています。その一番奥まったところに観音堂が置かれています。辺りは、森閑として時折、鳥のさえずりが聞こえます。
 天平時代後期に盛んとなった木心乾漆造の代表作です。
 
 肩幅も広く,しかし,腰の辺りは引き締まっていて,競泳選手の体つきですこぶる男性的です。そのあたりが外国人フェノロサの賞賛を引き出したのでは、と思われますが、いずれにしても、その優美でかつ神秘的ともいえるプロポーションは,多くの人の心をとらえて離しません。

観音の顔であって

 和辻哲朗は、その不朽の名著「古寺巡礼」において、「確かにこれは観音の顔であって、人の顔ではない」と評し、法隆寺の百済観音と対比して論じています。かつて、この二体は奈良国立博物館の推古天平室において並べて祀られていました。
 和辻は、仏は、経典により語られる「幻像」を通して、それを制作者の「観仏」が透過し、その後、具象化する考えているようです。
 その結果、百済観音を「漢」的な、聖林寺十一面観音を「大和」的な仏と観ます。渡来人の制作にかかるとしても、黄海を経て瀬戸内の海を揺曳した者の手になるとします。そして、人にも野獣にも変化して衆生を救済する観音は、仏の中でも、もっとも人間的で、しかも超人的でなければならないとします。そういった制約の中でもこの観世音菩薩は、超人らしさと人間らしらの両者を統合しているといています。
 この和辻哲朗「古寺巡礼」(岩波文庫)は、和辻の血気盛んな和辻20代の作品です。世に出て半世紀が経過しますが、その該博な知識と透徹した観察力、卓越した審美眼は、資料の豊富な現在の環境の中でも、一等星の如き清冽な輝きを放っています。

近くに

  

 近くには,木造十三重塔で名高い談山神社(たんざんじんじゃ)があります。駐車場からゆっくり登っていくと、黄葉の中に檜皮葺の屋根の重なりを垣間見ることが出来ます。
 鎌足を祭神とする大化改新ゆかりの寺です。是非,足を伸ばしてみたいところです。
 なお,談山神社は国宝・大和国粟原寺三重塔伏鉢を所蔵していますが、現在は奈良博に寄託されていて、そこでの特別展において時折鑑賞できます。

旅のヒント

 バスの便は1時間に1本程度と余りよくありませんが、同じ路線ではあります。聖林寺、談山神社とバスで廻る場合、3時間は覚悟しなければなりません。
 便利なのはレンタカーです。大阪、京都、名古屋から便利な近鉄大和八木駅前で調達するのがベストです。
 なお、現在は、談山神社から石舞台、岡寺等にに廻るルートが整備されていますので、そちらに廻ると充実しつた飛鳥巡りが可能です。     

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