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目的地までの穏やかな時間,どのようにして過ごしていますか。
ここでは,国宝の鑑賞に,多少なりとも有益となる本を,おもいつくままに掲げてみることにします。しかし,この中には屋根の形式や柱の呼び名等,国宝鑑賞の技術的な方法を伝授する類のものは含まれていません。
ともすれば,私たちはそのようなことにいつの間にか目を奪われ,それらの専門的な部分を確認できれば,それで十分に鑑賞した気分になったり,反対にそれができなかった場合には,不十分な鑑賞しかできなかったとして落胆したりすることが多いようです。そのような技術的な鑑賞は,専門家に任せるとして,わたしたちは,あくまで自分の流儀でゆったりと鑑賞したいものです。
国宝が生まれた時代が,どのような時代だったかは想像するしかありませんが,その頃書かれた書物,あるいはその頃を研究した人の著作が私たちの想像をある程度確かなものにしてくれることは間違いありません。
例えば,亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」には,崩れた土塀の通りから朝鮮服を身に付けた老婆とすれ違う場面が記述されています。昭和の初めの亀井はそこで古の都を行き交う天平人達を想像しますが,今では奈良西の京にそんな風情はありません。しかし,亀井が逍遥していた頃の奈良の町の描写を通して,天平の奈良の都が伝わってくるような気がします。
そこで,国宝建造物を訪ねる前の予備知識として,あるいは訪ねた後に思い返すのに適当な,その建造物が建てられた時代や背景を知ることができる読みやすい本を各パートで紹介します。
できるだけ当該国宝建造物がモチーフとなっている文庫本等を紹介するように心掛けてはいますが,ピントピッタリのものは,なかなかありません。だからといって,大作にまで対象を広げるということになると”文庫本片手にぶらり探訪”,という訳にはいかなくなります。
そのようなことから,できるだけ「大河ドラマ」の類を避け,しかも,何らかの意味でその国宝にゆかりの本,ということになりますが,そうなると,たとえば,「銀閣寺」で三島由紀夫の「金閣寺」を推奨するといった無理が生じます。 「えっ!」と思われる作品を紹介しているところもありますが,その辺はお許しください。
様々な時代を理解するには,古いところでは「古事記」があります。沢山の解説書がありますが現代語訳で十分です。中でも福永武彦「現代語訳古事記」(河出文庫)がお勧めです。
古事記を読むと神話の成り立ちが分かり,また,馴染みのある地名が結構出てきたりして読み物としてもなかなか面白いと思います。
古代を知る本としては他に「日本書紀」がありますが,これは大海人皇子,後の天武天皇の子,舎人親王(とねりしんのう)が編纂責任者であったことから「壬申の乱」の記述には問題が多いと言われています。
「万葉集」も天平時代の生活ぶり男女関係など当時の雰囲気が伝わってきますが,歌の数も多すぎてとりとめがありません。
もっと時代を遡ると読み物の類はほとんどありません。研究書ばかりです。そんな中で黒岩重吾「古代史を読み直す」(PHP文庫)はこの頃を得意とする氏の見解が多数披瀝されていて面白い。
この頃の王朝貴族の生活や文化を知るには,やはり源氏物語,枕草子でしょう。源氏物語は文学的にも世界に誇れる古典だと思いますが,何分大部のため多くの人が途中で挫折しています。須磨や明石あたりでギブアップすることを「須磨返り」「明石返り」と言います。この源氏については谷崎や寂聴等の作家達が現代語訳を出していますが,読みやすくかつ原作に忠実なのは与謝野晶子「全訳源氏物語上巻・中巻・下巻」(角川文庫クラッシクス)が一番でしょう。
史実を加味したものでは,やはり,歴史物の最高傑作の誉れ高い「平家物語」があります。これも大部ですが,実に面白くできています。
この平家,ストーリーだけを手短に知りたいという場合には水上勉「平家物語」(学研M文庫)が適当ですが,ここは,少し無理をしても和漢朗詠体の洗練された原書を読みたいところです。最近出た中山義秀「全訳平家物語上・中・下」(河出書房新社)は原作に忠実でしかも手頃。
さらに時代が下がり鎌倉期となると,徒然草,方丈記と続きます。
徒然草は原書でも比較的読みやすいので原書にあたるまでもないと思います。ここはあっさりと佐藤春夫訳「現代語訳徒然草」(河出文庫)がよいでしょう。
方丈記は原書で読むべきです。市古貞次校注「新訂方丈記」(岩波文庫)がよいでしょう。
ちょっと変わったところでは「とはずかたり」でしょうか。当時の王朝のおおらかさが赤裸々な告白体でつづられます。
江戸時代の本となると,雨月物語,奥の細道となります。
鎌倉や京都等については,様々な評論,案内書の他に,それらの町を舞台にした小説が,まさに百花繚乱のごとく刊行されています。この点は,奈良も同様で,数多くの紀行文やエッセイ,美術評論等が刊行されています。しかし,これから奈良に出かける,という時には是非,前述の亀井勝一郎「大和古寺風物詩」と和辻哲郎「古寺巡礼」は読んでおきたいところです。
亀井は,殊に仏像を,美術品として鑑賞することに強烈な異を唱えます。信仰の対象としてしか接することはできないとのゆるぎない信念が全編に貫徹します。
その点はおくとしても,大戦さなかの出版のせいか,天皇家の叙述になると,言い回しにやや鼻につく部分がありますが,それを割り引いてもなお,余りある傑作であり,奈良の古寺,仏像に対する筆者の憧憬,愛着が読む者にひしひしと伝わってきます。
この作品に向かう時,天平の頃の奈良の町は望むべくもありませんが,せめて彼が訪れた頃,すなわち昭和の初め頃の奈良の町を観てみたいという衝動に駆られます。
これに対して,和辻は冷徹な美術評論を展開します。芸術家としての見解が多く,氏の得意とする中世アジアの古典芸術との対比は読み手の無学を恥じるしかありませんが,卓見が披瀝されています。しかし,例えば,消失した法隆寺壁画に関する叙述については現在残されている評論の類では最高といって良いでしょう。
これら二つは,奈良の仏閣,仏像等に関する評論等ですが,同じ奈良については,読みやすくて面白いものに,榊莫山「大和 千年の路」があります。亀井,和辻の二つが格調高く,極めて学究的であるのに比して,榊のそれは,前衛的な書家と司馬遼太郎が評する,「師の書にも似て,自由奔放で闊達な文章」が,躍っています。
他には,軽く読めるものとして,司馬遼太郎「街道をゆく」があります。滋賀から奈良について詳細に紹介されています。
なお,奈良に関する小説となると,立原正秋が群を抜いています。このガイドでも,比較的読みやすいものとして紹介しています。
京都については,いまさら紹介するのもはばかられるほど沢山の本がありますが,なぜかしら,奈良の亀井,和辻に匹敵するもの,あるいはその類書は見あたりません。
私の知る限りでは,林屋辰三郎「京都」(岩波新書)が,それにやや近いかと思われますが,京都ガイド書の域を出ていません。
最近,この林屋の大衆版とも言うべき「地名で読む京の町 上,下」(PHP新書)が出ましたが,京の町を満遍なく紹介していて,雑学的,断片的な知識がお好みの人には読みやすい良い本であると思います。
他には,情緒的な表現が多用された瀬戸内寂聴「寂聴古寺巡礼」などもお薦めです。
評論等ではなく,小説ということになると,川端康成「古都」をはじめ多くの作家が京都を舞台に華麗な作品を残しています。一般向きでは,やはり,水上勉,渡辺淳一の一連の作品ということになると思いますが,瀬戸内寂聴の地の利を生かした作品には面白いものがたくさんあります。各パートで紹介しています。
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