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是川縄文館

名称 是川縄文館
所在地 青森県八戸市大字是川字横山
起点駅・目安時間 八戸駅・バス45分
経路 東北新幹線八戸駅からバス
国宝建造物 なし
国宝仏 なし
その他の国宝 1 合掌土偶 
公開情報 常設展示
お薦め度 ★★

  

是川縄文館

 青森県の是川遺蹟・風張1遺蹟等の出土品を中心に展示する博物館。

考古資料1件

合掌土偶

 縄文時代後期の完成度の高い土偶である。まるで合掌しているかのようなポーズをとるいわゆるポーズ土偶のモデル的な土偶。手を合わせしゃがんだ格好は、祭主の仕草を見守る様でもあるし、隊長の話を聞く兵士の様でもある。
 脚のない状態で出土したが、幸いにもその脚は胴体の近くから出土したという。

土偶は何のために作られた?

 問題となるのは、これが何のポーズをとったものかであるが、祈りの姿と考えるのが一般である。勿論その立場は、土偶一般を縄文祭祀の中に組み入れて考察しようとするものであり、他の遺蹟から出土した同様のしゃがみ込んだ姿勢の土偶もすべて祈りのポーズとしてとらえる。
 そのように考える人々は、縄文人と言えば、漁労採取と祈りしかしていないように生活の角から角まで呪術に支配されていた様に考えているようである。例えば、窓辺の飾りに置かれていた、子供のおもちゃ、プレゼント、兵士の出征にあたっての形見、などとは考えられないようである。
 祭祀一辺倒は、はなはだ一面的と思われるが、この合掌土偶に限ってい言えば、この土偶の脚の破断面には、接着用の大量のアスファルトが塗布されていたという。天然アスファルトは古代より、例えば鏃と木部本体とを接合する際に使用されていたのであるが、ここでの使用は、何を意味するのであろうか?。

再生儀礼

人型土偶は、破壊された状態で出土するのが多い。その場合は、死後の蘇りをおそれて土偶を破壊したとの理解が一般的である。死者の霊が、共同体にもたらすかもしれない、災禍を恐れたと言える。しかし、縄文時代も降ってくると、出生ばかりではなく、再生に対する期待も出始めるようになる。そこで、葬送にあたっては、土偶を一旦破壊し、その後、接着し死者の蘇り、再生を祈るようになる、と考えられてもいる。

近くに 三内丸山遺跡

 西は、吉野ヶ里、東は、この三内丸山遺跡と東西の縄文時代代表する横綱級の遺蹟である。
 特筆すべきは、大量に捨てられたい積した土器群と巨大高層工作物である。

長部日出雄

 弘前市出身の著者が、三内丸山遺跡の発見から縄文時代の陸奥に思いを巡らせ、天皇家の出自の謎に迫る傑作。「天皇はどこから来たのか」新潮文庫。

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