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泉屋博古館

名称 泉屋博古館(せんおくはくこかん)
所在地 京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町
起点駅・目安時間 京都駅・30分
経路 バス東天王町下車・徒歩5分 
国宝建造物 なし
国宝仏 なし
その他の国宝 2 秋野牧牛図・線刻釈迦三尊等鏡像   
公開情報 春季展,秋季展期間のみ開館。
お薦め度 ★★

泉屋博古館のこと


         泉屋博古館正面
   

 バスを降りた四つ角から緑をたたえた山に向かって少し上っていく。
 この辺りは,江戸時代から明治にかけて幾多の別荘が建ち並んでいたが,その名残は,今も閑静な住宅街の中に,見いだせる。
 時折車が走るだけの静謐と次第に近づく東山の緑を楽しみながら3分ほど進むと,左手に博古館の門があらわれる。

 泉屋博古館は,中国古代の青銅器,鏡鑑等を中心に東洋美術品を約3000点所蔵する住友コレクションの博物館である。
 常設展示品は,青銅器類が大半でやや重苦しいが,2号館との間の中庭は,東山の稜線を借景とした開放的なデザインとなっていて,しばしの静寂も楽しめる。
 なお,東京六本木に別館がある。

               
                            中庭

絵画1件・秋野牧牛図(しゅうやぼくぎゅうず)

 南宋院体画の中でも秀逸と評される画牛の名手,閻次平(えんじへい)の作と伝えられる。現在,東京博物館に寄託中であるが,企画展の際に展示されることがある。

院体画

 院体画とは北宋から南宋にかけての宮廷内の絵画制作部門画院から産み出された絵画であり中国絵画史上において一時代を画すものとなっている。

工芸品1件・線刻釈迦三尊等鏡像

   

        

 手のひらサイズの白銅製の鏡面中央上部に釈迦像が線刻されている。その両脇や下段,周囲には普賢,文殊,不動明王三尊等が鋭い鑿の跡を遺して刻まれている。また,鏡の,裏面ではなく,鏡面,すなわち鏡の表面に流麗な意匠が施されている。
 開館時には常時観覧可能である。常設展示をする1号館の一番奥まった展示室4中央に展示されているが,国宝の標示がないので見過ごさないように注意が必要である。
 なお,博古館では,この線刻釈迦三尊等鏡像を線刻仏諸尊鏡像と呼んでいる。

俊寛と二人の文豪

 この泉屋博古館から哲学の路を銀閣寺方面に向かい少し歩き角を左に折れ東山連峰に向かうと鹿ヶ谷がある。
 我が物顔で,都の中はもちろんのこと宮内を歩き回る平家の見かねる横暴に業を煮やして,平家打倒の密議が俊成の鹿ヶ谷山荘で計られた。
 その陰謀がほどなく平家の知るところとなり,俊寛の他成経,康頼の3名は,鬼界ケ島に流されることになる。2年ほど経ったある日,絶海の孤島に赦免を伝える船がはるばる海を越えて渡ってくる。しかし,罪が赦された者として赦免状に記載されていたのは成経,康頼の2名だけ。そこに俊寛の名はなく,俊寛は一人島に残されることになる。
 この鹿ヶ谷の変の勃発から配流にかけては平家物語や源平盛衰記に詳しく伝えられているが,それを下敷きにして文壇の巨匠二人が「俊寛」を書いている。菊池寛と芥川龍之介である。
 二人が,この同じ素材をどのように料理しているか,読み比べると面白い。菊池の方は,相変わらず友達ができないことに対するコンプレックスが吹き出したようなはじまりから,最後はかなり陳腐な結末を用意し大衆受けのするものとなっている。一方,芥川のそれは,超然として仏の道を極めんとする俊寛の姿が戯曲風に描かれている。
 菊池寛の俊寛は,菊池寛「恩讐の彼方に・忠直卿行状記」(岩波文庫)に併収されているが,芥川は検索エンジンで「青空文庫」,さらに作家別ア行のクリックが手っ取り早い。
 ちなみにこの鬼界ケ島がどこにあったかについては,諸説があるが,鹿児島県付近の地図を見ると,種子島の西寄りに薩摩半島の先端からから種子島までと同じぐらいの距離のところに硫黄島がある。その硫黄島が,鬼界ケ島であるとする説が有力である。当時の流刑地としては距離的にもこのぐらいが妥当であろう。

立命館学派

 この博物館の陳列品の胴や腹の辺りを仔細に観ていくと、自然の亀裂、あるいは何かの疵かと思われる細い線に出会う。実は、その大半が細かい線により刻まれた中国の古代文字である。この亀甲文字は、長い年月をかけてやがては現代の漢字へと進化していくのだが、その過程の究明をライフワークとした学者に福井県の産んだ白川静がいる。
 経済的に恵まれず、働きながら商業高校の夜学を卒業し、立命館中学校の先生から大学教授になった孤高の学者である。
 この白川静と同じく立命館の教授であった梅原猛との対談を収録した一冊に平凡社「呪いの思想」がある。「呪」と言っても、深夜に五寸釘を打つあの「呪」ではない。ひらた言えば中国古代の祭礼、祭祀のことであるが、祭祀のしきたりその他が、中国古代の民謡から詩歌へと歌い継がれ、語り継がれ、やがては、文字により律詩等へと連結してゆく。その辺りを平易に解説し、それが、遠く日本にも影響を与えることになるのだが、その辺りのメカニズムについては、聞くべき所の多い話となっている。
 所々に高橋和巳の思い出話も出てきたりして改めて立命館の自由闊達な学問環境を認識させる内容となっている。
 ところで、そのような対談のページの所々に中国古代の器や祭祀道具、銅鐸等の写真が掲載されているが、半分ちかくをこの泉屋博古館の所蔵品が占めている。本を片手に実物を探したらどうだろうか。ちなみに二つまでは見つけたが1時間近くかかってしまった。泉屋博古館の収集コンセプトがよく理解できる一冊となっている。 

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