その他の国宝編 
国宝を訪ねて 
国宝を訪ねてTop 国宝建造物編Home 国宝仏編Home その他の国宝編Home 国宝情報Home
その他の国宝編 東日本ブロック 中部ブロック 京都・奈良ブロック 西日本ブロック
その他の国宝編
6ジャンル
絵画 工芸品(梵鐘・陶器類・その他) 書跡・典籍
古文書 考古資料 歴史資料
  ← 前の国宝再訪 次の国宝訪問 →

法隆寺

山号・寺号 法隆寺
所在地 生駒郡斑鳩町法隆寺山内
起点駅・目安時間 京都駅・1時間20分
経路 JR奈良線奈良駅乗換、関西本線法隆寺駅下車・徒歩10分 
国宝建造物 18 南大門・中門・金堂・五重塔・大講堂・回廊・経蔵・鐘楼
   西円堂・三経院及び西室・聖霊院・東室・綱封蔵・食堂
   東大門・東院夢殿・東院伝法堂・東院鐘楼
   (国宝建造物編bV7
国宝仏等 17 釈迦如来及び両脇侍像・四天王立像・薬師如来座像・
   観音菩薩立像(百済観音)・
   観音菩薩立像(夢違観音)・
   阿弥陀如来及び両脇侍像・
   観音菩薩立像(救世観音)・
   塔本四面具・薬師如来座像・行信僧都座像・
   観音菩薩立像(九面観音)・地蔵菩薩立像・
   毘沙門天,吉祥天立像・薬師如来及び両脇侍座像・
   聖徳太子,山背王,殖栗王,卒末呂王,恵慈法師座像・    釈迦如来及び両脇侍像座・道詮律師座像
   (国宝仏編bR3)
その他の国宝 3 玉虫厨子他
公開情報 ほとんどの国宝が公開されている。
お薦め度 ★★★★★

法隆寺のこと

 聖徳宗の総本山。南都七大寺の一つ。

工芸品3件

◇玉虫厨子

 かつては約9000枚の玉虫の羽で装飾されていたが,現在では殆ど残っていない。残された一部も千年の時の流れの中くすんでいる。
 50センチ四方の高さ1mくらいの四角柱を上下に二つ重ねたようなこの厨子は、下が台座であり上が宮殿部と呼ばれる本体である。
 その宮殿部と台座の各側面には、少し見にくくなったが、様々な絵が描かれていることが分かる。
■本尊は?
 この宮殿には、入母屋造綴葺(シコロブキ)の屋根がにり、正面と側面には扉が設えられ、内部の壁面は銅板打ち出し鍍金の押出千仏座像により荘厳されている。そしてこの宮殿の下周りに金彫りの透かし彫りが施されていてその内側(下部)に玉虫の羽が敷き詰められている。
 なお、この宮殿部内には、当然、本尊が祀られていたはずであるが、残念なことに今は失われている。その本尊が何であったかについては、様々な推測がなされるが次に述べるように、周囲に描かれた絵から釈迦であると考えられる。
■台座の四面の絵
 宮殿部の正面扉には、二天王像、左右の扉には二菩薩像、背面には霊鷲山がそれぞれ描かれている。
 次に、台座の正面には、天人と僧侶が恐らく舎利容器と考えられる器を中に供養する図が描かれ、両サイドは、それぞれ「金光明経」、「涅槃経」から採られた釈迦の本生譚、すなわち捨身飼虎、施身問偈の二場面が描かれている。
 この本生譚、二つの内、捨身飼虎は飢えた虎に釈迦が我が身を捧げるというものでよく知られているが、施身問偈については余り知られていないので掻い摘んで話をするとこうである。
 釈迦の修業時代に、その意志を試そうと羅刹鬼に変化していた帝釈天から「諸行無常」、「是生滅法」の句を聞き、その後半部分を教えてもらうべく羅刹鬼に我が身を捧げるというものである。
 両側面二つのの本生譚には主人公の釈迦が何人も描かれている。実は、異時同図法と呼ばれる構図法が用いられ一つの話のうちの三つの場面が一面に描かれている。絵巻物によく用いられる構図法である。
■須弥山図の謎
 問題が多いのは、須弥山を描いていると考えられる背面の図である。山の形、数等から須弥山を描いていることは、ほぼ争いがないが、この図の最下部が何を描いているかについては、近時議論が活発となりはじめた。
 海竜王経中の、釈迦が竜宮に招かれ説法をする場面と考えるのが有力であるが、釈迦の両脇の人物については、これまで脇侍の梵天、帝釈天とする説がほぼ定説であったが、最近唱えられるに至った海竜王経に登場する悟りの境地に到達することを願う二人の女性(龍)である、との見解が説得力に富む。
 なお、この厨子の持ち主、すなわち施主が誰かについても様々な推測がなされるが、上記のように女性も悟りの境地に到達できるとするテーマを海竜王経から持ち出しているとすると、女性である可能性が高い。ここでは、橘夫人念珠仏が想起される。

黒漆螺鈿卓(こくたんらでんしょく)

 全体が黒漆塗りで仕上げられている霊前を飾る香炉や燭台などを載せる前机。大宝蔵殿に展示されている。

四騎獅子狩文錦(しきししかりもんきん)

 聖徳太子が戦の際に用いたとされる錦の御旗。文様はササン朝ペルシャで流行したものだが,文様の中に漢字も取り込まれていることから唐で制作されそれが伝来したものと考えられている。
 飛鳥から天平にかけて既にシルクロード交易の影響が日本にまで及んでいたことを示す貴重な資料。
 なお,本品は非公開。

  ← 前の国宝再訪 次の国宝訪問 →
国宝を訪ねてTop 国宝建造物編Home 国宝仏編Home その他の国宝編Home 国宝情報Home
その他の国宝編 東日本ブロック 中部ブロック 京都・奈良ブロック 西日本ブロック
その他の国宝編
6ジャンル
絵画 工芸品(梵鐘・陶器類・その他) 書跡・典籍
古文書 考古資料 歴史資料
copyright. 2002. kokuhoworld .all rights reserved