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四天王寺

山号・寺号 荒陵山敬天院四天王寺
所在地 大阪市天王寺区四天王寺
起点駅・目安時間 新大阪駅30分
経路 大阪駅乗換,環状線天王寺駅下車・徒歩5分
または地下鉄谷町線四天王寺夕陽丘駅下車徒歩2分 
国宝建造物 なし
国宝仏 なし
その他の国宝 6 七星剣他 
公開情報 宝物館にて不定期展示
お薦め度 ★★

四天王寺のこと

          

 和宗の総本山である。
 いわゆる太子建立七大寺の一つであり,日本最古の官立寺院でもある。
 しかし,伽藍に往時の隆盛を偲ぶものはなくいずれも昭和年代に建立されたものばかりである。
 その伽藍は仁王門,五重塔,金堂,講堂が一直線に並ぶ,いわゆる「四天王寺様式」と呼ばれる配置となっている。
 なお,国宝は,境内の宝物館で不定期に展示されるが,2口の剣と金銅威奈大村骨蔵器は東京国立博物館等に寄託されていて残りの3点が時折展示される。

        
                  四天王寺宝物館

絵画1件

扇面法華経冊子

 平安時代の風俗を素材とする大和絵の扇面に法華経を写経したもの。装飾経の最高傑作。

工芸品3件

懸守(かけまもり)

 女性が首に懸け胸に垂らしたお守り。

丙子椒林剣(へいししょうりんけん)

 聖徳太子が所持したとされる飛鳥時代の剣。反りを持つ日本刀は平安時代以降に製作されはじめるが,この刀には反りがなく直刀と呼ばれる。
 刀身には「丙子椒林」と金象嵌されているが,丙子は年を意味する干支(かんし)であり,椒林は唐の刀工の名と考えられている。

七星剣他1口

 聖徳太子が使用したと伝えられる直刀。七つの星が金で象嵌されている。

書跡・典籍1件

◇四天王寺縁起

 四天王寺の起源やその由来が書かれている。聖徳太子の直筆や太子の手印が26もある根本本と後醍醐天皇が書写しその手印を二つ残した宸翰本の二種があり,いずれも国宝に指定されている。

考古資料1件

◇金銅威奈大村骨蔵器

 サッカーボール大の球形の骨壺。飛鳥時代に銅で鋳造し金メッキを施したもの。金石文(かないわぶん)に墓誌銘が刻まれていて,正五位下の威奈大村卿のものと分かる。
 本品の華麗さや仕上げの丁寧さをみる時,正五位下であっても相当の権力者であったことが知られる。
 なお、時折、東博平成館考古展示室にて展示される。

聖徳太子のこと

 聖徳太子は,無論,日本人に馴染みの深い歴史上の人物の一人であるが,近時とみにその実在性に疑問が持たれている。疑問は,中国の歴史書が次第に世に紹介され始めた江戸時代頃からしきりに投げかけられ始めたが,まとまった研究となると津田左右吉がその初めと言える。最近では,梅原猛の著作が興味深いが,ここでは大山誠一「聖徳太子と日本人」(角川ソフィア文庫)を紹介する。
 本書においては,厩戸王子と呼ばれた王族が斑鳩宮に実在したことは認めるも,聖徳太子の事績とされる一七条憲法の制定や三教義疏等の著作は,後世の捏造であり,厩戸王子が存命中にかかわったものではないとする。すなわち八世紀頃の権力者達が,日本においてかなり昔から漢籍に優れた王族がいたことを,その頃の中国等にアピールするために,創作したものを,実在した厩戸王子に結びつけ神聖化した,とする。
 一七条憲法や三教義疏等には,太子没後の七世紀後半から八世紀に中国で編集された書物等に類似表現が沢山出てくる事等がその根拠である。
 一七条憲法はともかく三教義疏は,当時の中国からの輸入書物は極端に少なかったことや三教の普及時期等を考慮に入れると,やはり七世紀はじめの日本人には書けないことは明白であろう。いかに聖徳太子が,渡来系の蘇我氏と繋がりが深く勉強の機会は多かったとしても外国語を短期間のうちにマスターし操ることは不可能と思われる。凡人を優駿にすりかえたとの説には興味を引くものがある。

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