国宝建造物編bQ| 名称 | 大崎八幡宮 |
| 所在地 | 宮城県仙台市青葉区八幡4 |
| 最寄駅・時間 | 新幹線仙台駅・20分 |
| 経路 | 仙台駅・バス |
| 国宝建造物 | 1 本殿・石の間・拝殿全1棟 |
| 国宝仏等 | なし |
| その他の国宝 | なし |
| おすすめ度 | ★★ |

国宝大崎八幡宮本殿
| 登り切った石段上から大通りの鳥居を見下ろす。 | |
| 脇に回り込む。土手の外からしか見ることができない。 | |
| 絢爛豪華な破風の意匠 |
大通りからすぐに100段の石段が始まる。寺社めぐりは,歳をとってから,などと言っていると実現はなかなか難しい。水平移動ばかりとは限らないからだ。
階段を登りきると,すぐに杉木立が始まり,町の喧噪は一段と遠ざかる。眼下に200万都市のざわめきが広がっていることが嘘のようだ。
初詣などで仙台市民に親しまれる伊達政宗建立のこの社は残念ながら,平成の大修繕を終えたばかりで,ただでさえ豪華な桃山時代の特色を示す権現造りの社が,この上ない豪華さで04年10月末完成しお披露目された。
バブルの頃に計画されたものか,あるいはこの業界が不況知らずなのか,社寺の保存工事がいたるところでなされているが,文化財の維持と破壊は,殊に時の経過が加味される文化財については,紙一重となる場合が多い。

棟や柱などを支える梁の内,一番低い位置にあるもの,言い換えれば一番目に付く位置にある梁は,反り返っていることから特に虹梁と呼ばれる。本堂の正面などで庇を支える二本の柱に渡される緩いアーチ型の梁がそれである。
この虹梁が柱の外に突き出た部分を特に「木鼻」と呼ぶ。昔はこの部分は切り落とされることが多かったが,鎌倉後期頃から様々な意匠を施すようになり,注意深く観察すると雲形,象,牡丹,菊などを見つけることができる。
この八幡宮には正面に二つの象をかたどった木鼻がある。
仙台と言えば,少し前では楽天ゴールデンイーグルスだが,かつては伊達家,伊達家といえば,「独眼龍政宗」,「伊達騒動」と続く。
この伊達騒動を題材とした歌舞伎に伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)があり,小説なら,山本周五郎「樅の木は残った」が思い浮かぶ。この樅の木は残ったでは,これまで逆臣との評価で一致していた原田甲斐が一転忠臣として登場するのだから歴史小説は楽しい。しかし,文庫本でも上,中,下の三冊,いかにも重い。
この伊達騒動を題材にしたものには,他に志賀直哉の珠玉の短編「赤西蠣太」がある。登場する人物に海産物の名が付けられ,まるでサザエさんのようだが,ちゃんと小江(さざえ)さんも登場する。これを読めば志賀直哉ファンになることは「間違いない」。
志賀直哉「小僧の神様・城の崎にて」(新潮文庫)に収められている。
仙台付近の歌枕としては,名取川,塩竃等が数多く古歌に詠まれている。中でも宮城野は一番多いが,その宮城野がどの辺りをさすかは,正確なところは不明ではある。しかし,仙台市の東側の平地をさすとするのが一般であり,現在ではその辺りに宮城野区もある。
表題歌は,この宮城野を歌い込んだものだが,その詠まれた時期には,争いがある。かつての東国の旅を懐かしんで詠んだものとの立場もあるが,「秋風立ちぬ」といった臨場感溢れる終止形から,西行二度目の陸奥旅行に詠まれたのではないかと考えたい。そうだとすれば,西行齢,69歳。
この二度目の東国旅は,重源の依頼を受けて,兵火に燃え失せた東大寺金堂の再建勧進のために挙行された。西行の同族,奥州藤原氏に金堂再建のための砂金勧請をした時のものということになる。
この頃,平泉には金色堂はあったし,義経が身を寄せていた頃でもある。そのようなことを考えると,色々な想像をかき立てられ興味は尽きないが,芭蕉の苦難の旅と比較してみても,69歳の頃の西行には,かなりの支援態勢ができていたのではないかと推測される。
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