国宝を訪ねて 国宝建造物編50

大徳寺

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       塔頭大仙院・龍光院を含む

山号・寺号 竜宝山大徳寺
所在地 京都市北区紫野大徳寺町
起点駅・目安時間 京都駅・40分
経路 バス千本北大路下車 徒歩5分 
国宝建造物 4 唐門・方丈及び玄関・大仙院本堂・龍光院書院
国宝仏等 なし
その他の国宝 12 
公開情報 建造物は,大仙院本堂のみ公開
大徳寺の唐門・方丈及び玄関は毎年10月第一日曜日の大徳寺曝涼展の際に公開
 なお,この10月第一日曜日には大徳寺内の多くの塔頭で国宝等が公開される
龍光院は常に非公開  
お薦め度 ★★★★

利休切腹の一因・楼門

 多くの有名な塔頭に囲まれた大徳寺は,それらに負けず劣らずの歴史を備え,様々なエピソードを色々なシーンで提供しているが,その中でもなんと言っても興味深いのは利休切腹の口実となった楼門の話である。

 利休は,大徳寺に門を寄進したが,その2階部分に仏殿を設らえ,そこに数体の仏像の他に雪駄履き姿の利休像も安置された。
 茶好きの秀吉は,大徳寺で茶会があれば,門を潜ることになる。しかし,その上には,雪駄履きの利休がいることになる。
 「天下人」に,ここを通らせるつもりか,との難癖がつけられ,やがて切腹に追い込まれる。

 原因は当然他にあるのだろうが,なかなかうまくできた話である。しかし,うまい話とばかり感心してはいられない。
 豊臣家は,その後,家康に,方広寺の鐘(豊国神社・bS4)の中に「国家安康」,「君臣豊楽」の文字があると,これこそ正に難癖をつけられ,滅亡に追い込まれる。
 自ら編み出した「言いがかりの手法」が,巡りめぐって還って来たのだが,身から出た錆,といったところか。

茶人面大徳寺

 大徳寺は,茶人面(ちゃじんずら)と言われるほど茶の湯と縁が深い。
 そのことは,ほんの数点しかない国宝茶道具のほとんどが,大徳寺塔頭に所蔵されていることからもうかがえるが,禅と茶の湯の融合は大徳寺から始まるといっても過言ではない。
 一休に参禅した村田珠光や彼の志を継いだ武野紹鴎,さらに千利休は無論のこと,古田織部,小堀遠州にもゆかりの深い寺である。

大徳寺の2件

 その大徳寺,一休禅師をはじめとして歴代気骨の住職が勤めたという伝統を受け継いでか,世間にもこびるところがない。
 国宝建造物にお定まりの,「重要文化財,国宝」の茶色の看板すら見あたらず,実にあっさりとしているが,その分,見学する側は見落とさないように注意しなければならない。

 大徳寺には唐門・方丈及び玄関と二つの国宝建造物があるが,東側表門を入ってすぐのところに国宝唐門に紛らわしい唐門がある。
 看板には「勅使門」と紹介されているが,これは国宝ではない。

 国宝唐門は,その唐門をやり過ごし北に曲がり,しばらく進むと大徳寺社務所に至るが,その先にある。
 この社務所の先には,方丈及び玄関があり小堀遠州の庭を挟んで国宝唐門がある。しかし,社務所の入り口には,「拝観謝絶」とあるので,その辺りからジロジロ見ることになる。教養を高めるのも,これでなかなか大変なものである。
 しっかりと見学するには,年に一度の10月第一日曜日を待たねばならない。

大徳寺の山門から境内に入ったところ。このすぐ右手に勅使門があるが国宝唐門ではない。
大徳寺方丈と玄関。「拝観はご遠慮ください」とあるのでこれ以上は入れない。
方丈の屋根
大徳寺唐門・五本線入りの築地塀が格式の高さをあらわすが写真ではよく見えない。
唐門の意匠
秀吉の怒りをかったという利休像が置かれていた山門「金毛閣」。現在は使用されていない

あなどれない24の塔頭

紅葉の高桐院

 大徳寺には現在でも24(数え方により22)の塔頭が残っている。
 塔頭とは,もともと高僧を祀る伽藍の一つであったが,室町後期からはそれと兼ねて諸大名が自分の菩提寺とするために大寺を囲むように建設されたいわば寺の別院を意味することが多くなった。

 大徳寺は,利休の采配による信長の葬儀が秀吉により執り行なわれたことから,戦国武将が競うようにして,ここに塔頭を造るようになった。
 そのような塔頭の一つに高桐院がある。
 紅葉の名所であるこの寺は,細川ガラシャの墓があることでも有名である。この細川ガラシャの実父は何を隠そう明智光秀であり,信長の葬儀が行われたことを考えると因縁めいたものを感ずるが,狭い大名の世界ではこのようなことは至るところで生じている。
 ガラシャの夫は細川忠興(三斎)である。

 幾度の改宗の求めにも屈せず,宗教に身を殉じたガラシャの生涯を描いたものに三浦綾子「細川ガラシャ夫人」(新潮文庫)がある。
 キリスト教徒の三浦はこの本の冒頭で「全てのものは,変わりゆく,その真理を知ることにより,あらゆる恐怖,苦痛から解放される」という仏教教義を僧に語らせる。
 この書は戦国時代を女性の視点から描いた傑作であるが,それとともに信長の強烈な個性が鮮やかに描かれ光秀による「本能寺の変」の必然性も解き明かされていて興味深い。
 キリスト信仰に対するかかわりが,中世の混沌とした時代を背景に,武将の娘に生まれたが故の悲哀とともに豊かに語られる。

細川ガラシャ夫人の墓がある高桐院の入り口。秋には紅葉で紅く染まる。
国宝を所有する塔頭

 高桐院には,国宝山水図があるがその他の塔頭にも国宝を所有している塔頭は多い。
 聚光院 国宝方丈障壁画  ここには利休の墓があり表,裏,武者小路の三千家の菩提寺でもある
 真珠庵 国宝大燈国師墨跡 一休ゆかりの寺である
 大仙院 国宝大燈国師墨跡 国宝本堂
 龍光院 国宝書院 国宝曜変天目茶碗ほか3点を所有する。
 孤蓬庵 国宝井戸茶碗  小堀遠州の菩提寺である

 ただ,これらの塔頭の大部分は平素非公開であるので,10月第1日曜日に行われる大徳寺の曝涼展に併せて公開される事があるので,要チェック。

まつの芳春院

 戦国時代きっての武将,加賀百万石の前田利家の正室まつが建立した芳春院は見所一杯。中でも,本堂裏庭の優雅な二重楼閣「呑湖閣」は,金閣,銀閣,飛雲閣と並ぶ「京の四閣」の一つ。

公開拒絶・龍光院書院

 大徳寺の中にある数ある塔頭のうち龍光院は全く公開されていない。塀の向こうに国宝書院をのぞき見することになるが,多分これだろうと,見当がつけられるだけで正確なところは分からない。

龍光院の山門
国宝書院とおぼしきところ。

何時も公開・大仙院

 但し,大仙院の国宝本堂は京都市中の他の寺院のように公開されている。しかし,法要がある場合などは,急遽取りやめになるので,その場合は残念だが仕方がない。

大仙院の看板
国宝方丈の屋根。この日は法事の最中で拝観できなかった。
大仙院方丈の屋根と切り妻

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