国宝建造物編64| 山号・寺号 | 東大寺及び正倉院 |
| 所在地 | 奈良市雑司町 |
| 起点駅・目安時間 | 京都駅・40分 |
| 経路 | 近鉄奈良駅・徒歩またはバス |
| 国宝建造物 | 9 法華堂・転害門・本坊経庫・南大門・鐘楼 開山堂・金堂・二月堂・正倉院正倉 |
| 国宝仏 | 13 廬舎那仏座像・不空羂索観音立像 日光仏,月光仏立像・梵天,帝釈天立像 四天王立像(法華堂)・金剛力士立像(法華堂) 執金剛神立像・四天王立像(戒壇堂) 誕生釈迦仏立像・良弁僧正座像 金剛力士立像(南大門) 俊乗上人座像・僧形八幡神座像(国宝仏編bQ4) |
| その他の国宝 | 9 金銅八角燈籠・梵鐘他(その他の国宝編bS4) |
| 公開情報 | 最下段「旅のヒント」参照 |
| お薦め度 | ★★★★ |
藍(青丹)によし,と歌われた天平時代は,当時世界でも隆盛を極めていた唐の文化をふんだんに取り入れた仏教文化の黄金時代であった。しかし,政情は決して安定したものではなく,朝廷と外戚藤原氏の争いは,いつ果てるともなく続いていた。一方,民衆に眼を向けると,度重なる遷都による都の造営,飢饉や疫病などで人民は疲弊し,都には浮浪者や病人が溢れていた。
その混乱を目の当たりにして,光明皇后は仏教に救いを求め,様々な後世に残る慈善施策を実施するが,混迷は収まることがない。そんな中,743年聖武天皇により,大仏建立の詔が発せられる。
東大寺は,華厳宗の総本山,その本尊は,言わずとしれた盧舎那仏であり,この仏が安置される大仏殿は世界一の木造建築物である。
創建当初の大仏殿は,高さこそ現在とほぼ同じ地上48メートルであったが,横が約1.5ほどあったという。
この巨大な建造物を目の前にしてまず考えることは,一体このような材木をどのように調達したのか,という事である。木を見つけだし,切り出し,運搬する。どの作業一つをとっても,当時の技術力では相当の困難が予想されるが,民衆の仏への信仰心が篤かったのか,聖武天皇の権力が強大であったのか,いずれにしても約30年を経た771年に,大仏殿は完成する。
このような巨大な大仏は無論,ロマンを求める狂気の権力者とそれを支える有能な技術者,指導者が共存したときに完成する。それとともに,それに従う夥しい数の労働者,人夫の犠牲が必要とされる。
その大仏造営にかかわった人夫達,いわゆる底辺層の人々を主人公にした文庫本が2冊ある。澤田ふじ子「天平大仏記」(中公文庫)と箒木蓬生「国銅上,下」(新潮文庫)である。
前者は,造仏工「天国・あまくに」の大仏建立にかける情熱を描く。しかし,リアリティを追求するのあまり女性独特の陰湿さが漂っていてあまり気分の良いできではない。旅には不向きかも。
その点,後者は,大仏造顕にたずさわる青年人夫「国人・くにと」の物語。長門の国から奈良に徴収され,日本を半周して帰還する,その旅の困難さが語られることから,旅好きには好個の書といえるかも。
なお,この青年国人は,放浪僧から文字を習い,当時としては珍重される読み書きの出来る,しかも人夫,とくると,スワ,出世物語かと男性ならずとも期待する?。
しかし,この大仏も2度の災禍に遭遇する。
一度目は,平重衡の兵火による焼失である。平家物語には,大仏が紅蓮の炎の中,次第に溶け出す様が子細に鬼気迫る迫力で描かれていて,この段を読むだけでも平家物語のファンになることは間違いない。
重衡は言うまでもなく清盛の子供であるが,清盛があれほどまでの栄華を極めたのはブレーンとしての重衡の存在が大きかった,と言われている。
その知性派重衡がなぜ大仏殿を兵火に掛けたのか,疑問だが,その点,平家物語では民家に放った火が折からの師走の風に煽られて大仏殿に燃え移ったとある。
平家物語は,沢山の注釈書の類が出版されているが,できれば原書を読みたい。しかし,難解であることは否定できないので,原書に忠実な現代語訳としては,中山義秀訳「現代語訳平家物語」(上)(中)(下)(河出文庫)が一番のお薦め。
この重衡の南都焼討ちの後,大仏再建運動が起こり,勧進のため,重源を始め,多くの僧が日本各地を行脚し,焼失から5年後,奇跡的な再建にこぎつける。
勧進とは,例えば寺院の建築費用の寄進を募ることで,あの義経と弁慶の「勧進帳」がそれである。能「安宅」と歌舞伎「勧進帳」では,筋書きが少し異なるが有名なくだりは次のようなものである。
兄頼朝の追っ手から逃れるべく奥州を目指す義経一行は,安宅の関で,関守富樫の取り調べを受ける。弁慶は,自分達は,焼けた東大寺再建のための勧進僧の一行であると説明し,富樫に求められるまま,勧進とは関係ない巻物を,それらしく即興で読み上げ聞かせ,その場をしのぐ。ややあって,通行を許されるが,最後尾で関所を通過しようとする義経を富樫が呼び止めると,弁慶が割って入り,疑われるのは,お前がのろのろしているからだ,といって弁慶は,義経に,ひどい折檻を加える。そのすざまじさに,富樫は,主君を折檻するなどということは考えられないとして(気付いていたが同情して)通行を許すといったもの。
このようにして再建された大仏殿であるが,その後,1567年にも松永久秀と三好三人衆の兵火により一部が消失している。
転害門から東大寺に入る,いわば逆のコースが,落ち着いていてよい。大仏池に壮麗な大仏殿の影が映し出される。秋ともなると,池と大仏殿が木々の黄金や朱の葉の色に荘厳されて,得も言われぬ美しさである。
ここから,正倉院,二月堂,三月堂と訪ねる裏道のコースは,観光客を避けた奈良市民の散歩コースである。
ここでは,この裏道のコースから東大寺を訪ねてみる。バス停は,手貝町である。
手貝町で降りると,転害門は目の前。
| 国宝・東大寺転害門 | |
| 紅葉の始まった境内の中をのんびり鹿が。とおり過ぎる。見物客も大仏殿裏のこのあたりまで足を伸ばすことはない。 |

正倉院正倉 光りは少ないが躯体の大きさはよく分かる。

| 正倉院正倉を塀の隙間から見たところ。平日でないと間近で見ることはできない。 |
正倉院は,宮内庁の管理下に置かれているためか,日曜,祝日は門が閉ざされているので注意が必要である。

遠くから見ると鋼のような黒塗りの木材である。
二月堂は大仏殿の東に位置する。現在の堂は,江戸時代のものであるが,その精緻な比例や強固な構造技法など近世の建築技法を駆使している。
この二月堂では「お水取り」の行事が毎年2月に行われる。修二会(しゅにえ)とも呼ばれるこの儀式は,古代より伝えられる奈良に春を告げる行事の一つとなっている。
なお,このお水取りは,福井県若狭の水が地下水脈をとおり奈良にまでつながっているという壮大な,しかもロマン溢れる神話がもとになっている。
二月堂は,平成17年10月に国宝に指定された。建造物では最新の指定である。
上記の句は芭蕉四二歳の時二月堂で詠んだもの。
この句の中句については,元は「こおり」であったものを蝶夢法師が「こもりの」と誤写したが,その方が通りがよいとして以後もともと「こもりの僧の沓の音」であったとする者も多い。
氷の僧が現代的,斬新すぎる,と考えるからであろうが,芭蕉は十分に現代的で斬新な感覚の持ち主である。ここは,やはり「こおり」以外考えられないが,どうか?。
なお,芭蕉には「冬の日や馬上に氷る影法師」という句もある。
| 国宝・東大寺三月堂(法華堂) | |
| 三月堂(法華堂) |

国宝仏の宝箱である。通り過ぎてしまう人が多いが,中には12?の国宝仏が文字通り林立している国宝の過密地帯である。ちなみに国宝仏密度の高い地ベストスリーは,三月堂と興福寺の国宝館,東寺の講堂か?法隆寺金堂がこれに続くか?
いずれにしても,東大寺の大仏殿に次ぐ鑑賞スポットである。

三月堂の前,四月堂の横に,塀で囲まれた一郭がある。その中には,開山堂が佇む。公開されていないので,四月堂の横の縁側に上がって眺めるのがよい。塀越しに,宝形の優美な屋根がのぞかれる。
なお,この堂の中には東大寺の開祖である良弁僧正座像(国宝)が祀られている。 毎年,12月16日の開山忌に公開開扉される。
三月堂から鐘楼へ向かう。除夜の鐘でお馴染みの鐘楼だ。反り返る屋根を載せた天竺風鐘楼は26トンもの巨鐘を釣り下げる。この梵鐘も国宝である。
そこを過ぎると東大寺巡拝のメイン,大仏殿はすぐ。



大仏殿には,国宝の廬舎那仏が鎮座する。
なお,その大仏殿に入る前には,国宝八角燈籠がある。大仏開眼供養時からの遺品である。大仏殿の真南には南大門が位置する。


南大門は実に雄大な建造物だ。左右には運慶・快慶作になる国宝金剛力士像が睨みをきかしている。
なお,南大門すぐ脇の本坊書院内には,校倉造りの国宝経蔵がある。しかし,残念ながら公開日もなければ,屋根すら見えない全くの非公開である。これほどまでに見学が困難なのは,約260棟ある国宝建造物中で一番ではないだろうか。
国宝建造物は,原則的に公開されていて観覧自由。但し,正倉院は,平日しか開館されていない。
また,開山堂は,塀の外から眺めるだけ。しかし,毎年,12月16日の開山忌に国宝座像が開扉されるので,その時には公開される。
なお,本坊経庫は全くの非公開。
国宝仏は,三月堂の諸仏を中心に原則的に公開されている。但し,三月堂の執金剛神立像・良弁僧正座像は,毎年,12月16日に,俊乗上人座像は,毎年7月5日に,僧形八幡神座像は,毎年10月5日に,それぞれ開帳,あるいは開扉される。
なお,誕生釈迦仏立像は,奈良博に寄託されている。
絵画,書跡,工芸品等のその他の国宝は,原則として非公開であるが,梵鐘と金銅八角燈籠は常時観覧可能。
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