国宝を訪ねて 国宝建造物編78

法起寺

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山号・寺号 岡本山法起寺(ほうきじ)
所在地 生駒郡斑鳩町大字岡本
起点駅・目安時間 京都駅・1時間30分
経路 JR奈良線奈良乗換・関西本線法隆寺駅下車徒歩20分 
国宝建造物 1 三重塔
国宝仏等 なし
その他の国宝 なし 
お薦め度 ★★★

国宝・法起寺三重塔

斑鳩三塔

 法隆寺を過ぎ、僅かに残る斑鳩の風情を楽しみながら田舎道を15分ほど歩く。するとまず,法輪寺の三重塔が現れる。そこから東(右手)に目をやるとわずかに三層目の屋根とふうりんが小さく見える。法起寺の三重塔だ。法輪寺からまた20分ほど歩くことになる。
 日本最古の三重塔、法起寺の三重塔は,法隆寺,法輪寺の塔とともに斑鳩三塔と呼ばれる。

 法起寺を訪れるのならやはり秋が良い。五穀豊穣の祈りが実を結び黄金色の稲穂が風に揺れている頃,その中で見るのが最高だろう。それが叶わないときは、小春日和の頃、枯れてなお立ちつくすススキの間からぼんやりながめるのがよい。いや、この三重塔は,何時見ても美しい,時を選ばない塔だ。

日本最古の三重塔

   雲の形をした肘木

 法起寺の三重塔は706年に建立された現存する日本最古の三重塔である。法隆寺の金堂と同じような、雲斗、雲肘木が使われ、裳腰階をつけない一軒である。

法輪寺・三重塔

 斑鳩三重塔の一つ法起寺の三重塔は、昭和の初めに消失し,その後は周囲を囲む土塀も崩れ,伽藍も荒廃の一途を辿るほどの有様であった。たが,亀井勝一郎「大和古寺風物詩」は,寺の蕭条とした荒れ果てぶりをそのまま受け入れ,復興を望みつつも手の入らない自然の零落を求める、自らのジレンマを綴っている。
 しかし,その後、幸田文らの奔走により、寺は再興し、三重塔の再建にまでこぎつける。現在は、昭和の三重塔が斑鳩の里を見守っている。
 この法灯を再び明るく灯すことができた事情は、幸田文が,「幸田文全集19巻,22巻」に随想風にあるいは対談形式により書き残している。 

  法輪寺三重塔

五重塔

 言うまでもなく幸田文は幸田露伴の娘であり,その露伴には,「五重塔」(岩波文庫)という短編の名作がある 。
 「のっそり」と呼ばれる、大工の腕は立つが性分がピリッとしない職人の五重塔作りにかける情熱と誠意が,幾多の挫折を繰り返しながらも,やがて廻りの者を動かし五重塔完成に漕ぎつける。職人の、かたくななまでの心意気が鮮やかに描かれる露伴の短編の代表の一つである。
 前掲随筆の中で,幸田文は父の死後、家族の生活は,「五重塔」で成り立った,と述懐している。 

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