国宝建造物編82| 山号・寺号 | 国軸山金峯山寺(こくじきさんきんぶせんじ) |
| 所在地 | 吉野郡吉野町大字吉野山 |
| 起点駅・目安時間 | 新大阪駅・2時間30分 |
| 経路 | 近鉄吉野特急吉野駅乗換・ロープウエイ吉野山駅徒歩15分 |
| 国宝建造物 | 2 本堂・二王門 |
| 国宝仏等 | なし |
| その他の国宝 | 1 |
| お薦め度 | ★★★★ |
吉野山から山上ケ岳まで続いた峰一帯を金峯山と呼び,そこに建立された数多くの修験寺院を総称して金峯山寺と呼ぶ。役小角の開基になると伝えられる。
「中千本」,「奥千本」など桜の名所である。しかし,万葉集には,吉野山を詠んだ歌が40首近くおさめられているが,桜は姿をみせない。そのことからすると,昔から桜が植えられていた訳ではないようである。
紀友則の歌が古今集にみえる。植えられ始めたのはこの頃からだろうか。
桜狂いと言われる西行も,この吉野山の桜を数多く詠んでいる。表題歌もその一つ。
全てを捨てて,身も心もようやくそれに慣らされように思えたが,桜を見てしまったら感動が湧き出て,まだ心だけは思うようにならない,という述懐か。
変わったところでは,江戸時代に入って本居宣長の
敷島の 大和心を人とわば 朝日に匂う山桜花
も有名である。もっとも,有名と言っても往年の煙草飲みの間で有名な歌であるにすぎない。それというのもこの中には,敷島,大和,朝日,桜とかつての懐かしいタバコの銘が4つも入っているからだ。
谷崎潤一郎「吉野葛」(岩波文庫他)は,妹背山から吉野川を遡ったあたりを舞台としている。
谷崎の「吉野葛」を読むと昭和初期の吉野地方ののどかな山里の雰囲気が伝わってくるが,岩波文庫の「吉野葛」には,当時の写真も挿入されていて面白い。
中でも歌舞伎の「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん)の舞台となった吉野川を挟む妹山と背山の写真は,今日見るのと大分感じが変わっていて貴重なものである。
金峯山寺から吉野川を少し上流に上ると「吉野宮」の名残がいたる所にみられる。古来より,別宮や仮宮がおかれていたが,672年に大友皇子の動きに対抗して大海皇子が宮を脱出,挙兵したのもこの地であるし,南北朝の争いの中,後醍醐天皇が南朝をおき,長い見果てぬ夢の終焉を迎えたのもこの地である。
また,この地は,都から伊勢へ向かう通り道でもあり,西行もこの辺りを彷徨し,伊勢に詣でたりしている。
そのようなことからか,古来よりこの地を訪れる者は多く,五木寛之は,「時代を造る者は必ずこの地を訪れている」と語っている。
なお,ついでながら義経も静御前をともないこの地に逃げ込んでいる。
静御前は,捕らえられ鎌倉で歌い舞う。
なお,この歌には
との本歌がある。
西行は花をこよなく愛したが,中でも桜,特に吉野山の桜を沢山詠んでいる。
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