国宝を訪ねて国宝建造物編114

本山寺

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 秋の水を さかのぼりきて
           五重の塔

山頭火・四国へんろ  

国宝・本山寺本堂

山号・寺号 本山寺(七宝山持宝院)
所在 香川県三豊市豊中町本山甲
起点駅・目安時間 高松駅・1時間30分
経路 予讃線本山駅下車,徒歩20分
国宝建造物 1 本堂
国宝彫刻等 なし
その他の国宝 なし
お薦め度 ★★

涅槃の道場・讃岐 七十番札所

 本山駅から商店街を南東方向に適当に歩いていく。やがて五重塔が見えてくる。周囲には山もなく,また,海にもさして近くない。どうやら平地に建つ寺のようだ。しかし,五重塔を擁する寺は決して多くはない。相当の大寺であるはずだ。
 その五重塔を目指して,どこにでもある田舎町を進む。白装束の遍路にすれ違わなければ,平凡な町になってしまう。
 そんな町の中にあって本山寺は,八脚門の山門と五重塔,本堂,太子堂を備えた風格のある寺として,この町のランドマーク的な存在である。

競馬の神様?馬頭観音

  この寺の本尊は,馬頭観音である。そのため境内にも2頭の馬の像が置かれ,眼を引いている。
 ちなみに,四国88カ所では,約3分の1の寺が観音菩薩をその本尊としているが,一口に観音菩薩といっても,観音菩薩には,聖,十一面,千手,不空羂索(宗派により准胝に変わる)・馬頭・如意輪の6観音(7観音)がある。
 しかし,その中で馬頭観音を本尊とするのは,唯一この寺だけである。全国的にみても馬頭観音を本尊とする寺は珍しい。

大同2年伝説・建築ラッシュ

 この本山寺には,弘法大師が大同二年に一夜にして建立したとの伝承が残されている。
 一夜はともかくとして,大同二年という年号には注目しなければならない。なぜなら,この年に建立されたとする寺が日本各地に相当数あるからである。
 この大同二年に,例えば「国分寺建立の詔」の類が発せられていれば,多くの寺が同時に建立されたことに何の不思議はないが,無論そのようなものはない。にもかかわらず,この年に多くの寺が全国一斉に建っている。否,正確には,この年号を建立年と称していると思われる寺があまりにも多いのである。

大同元年・空海の帰朝

 この点を巡っては,様々な研究がなされている。
 関東地方にその例が多いことから,坂上田村麻呂の蝦夷征伐と関係があるのでは,とする見解がある。蝦夷成敗の際の戦勝祈願、あるいは征伐の証、明確な征服宣言等のために各地に建立したとの説明である。しかし,この見解では関西や四国にも相当数あることを説明できない。

 次に、大同二年は,空海が,唐から沢山の仏具や仏像と共に,密教を持ち帰った年の翌年であり,その教えを携えて多くの修験者が日本各地で活動した,あるいは、無事に帰朝したことを熱心な信者が喜び建立した、と考える立場もある。しかし,空海は,朝廷から下された任務を全うすることなく唐から早々と帰朝したことから,しばらくの間は,太宰府で謹慎の身となっており,空海の華々しい活躍は,その後しばらく経ってからのことである。
 そなると,空海の帰朝に結びつけることも難しいのではなかろうか。いずれにしても,この頃は,建築ブーム,建築ラッシュであったことは疑いない。

何故か懐かしい本堂

 国宝本堂は、5間四方の寄棟造,本瓦葺きの重厚な建物である。しかし,中世密教建築物としては,その形状,規模等に類例が多いと思われる。
 
 鎌倉時代の再建と言うことになっているが,墨書,棟札等からそれを手がけた棟梁は,奈良の霊山寺(bV5)や薬師寺東院堂(bV4)を建てた工匠であることが分かっている。なるほど,そう言われてみればよく似ている。となると大同2年に建てられたものが改築の域を超えて新規に建て直された,ということになる。

 かの棟梁は,1283年に霊山寺を,1285年に薬師寺をそれぞれ建てて,その後1300年に,この本山寺を建てている。
 国宝建築物を3つも手がけたのだから,日本一の名匠と言って間違いないだろう。現在であれば,さしずめ文化勲章を受賞するくらいの著名な技術者だったにちがいない。安藤忠雄,黒川紀章といったところか。

 都での評判を伝え聞いて,その腕を買われた宮大工の一群が,奈良から,海を渡って四国のこのあたりまで来ているということは,当時,近畿から四国までは,穏やかな瀬戸内を挟んで,様々な情報が行き交う同一文化圏であったようである。なるほど,瀬戸内をみれば,湖のような滑らかな海が広がっている。

砂浜に寛永通宝が落ちている。

 車で15分ほどのところに88カ所の札所が二つある。68番神恵院,69番観音寺である。二つは同じ寺域に隣接してるので巡礼数を稼ぐには好いところ。
 その共通の裏山に登ると,山上から瀬戸内の優美な姿と寛永通宝が眺められる。
 100メートル四方の砂浜に寛永通宝のレリーフが彫られている。
 果たして,あったほうが良いのか,無くても良いのか,ないほうが良いのか,評価の分かれるところではある。

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