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建長寺

寺号・山号 巨福山建長興国禅寺
所在地 神奈川県鎌倉市山ノ内
最寄駅・目安時間 新幹線新横浜駅・45分
経路 JR北鎌倉駅から徒歩15分
国宝建造物 なし
国宝仏 なし
その他の国宝 3 梵鐘等
公開情報 11月初旬「風入れ」の際公開。
お勧め度 ★★★

建長寺のこと

 北鎌倉の駅から円覚寺の前をとおり,横須賀線沿いに鎌倉方面に向かう。沿道のあじさいで名高い明月院や洒落たビーフシチュウ専門店,ビーフカレー店を横目に見ながら切り通しを越える。途中,桑田佳祐の後輩,鎌倉学園の生徒と狭い道を譲り合いながらすれ違ったりしていると,建長寺の総門に出る。
 禅寺のイメージとは,不似合いな明るく開放的な寺である。

 開基は北条時頼,開山は蘭渓道隆(大覚禅師)。
 蘭渓道隆は,宋からの渡来僧。鎌倉時代のはじめに建てられた当初の伽藍は地震や火災等で失われていて近時再建されたものばかりである。

臨済禅

 禅宗には曹洞宗と臨済宗があるが,京都にある禅宗の寺のほとんどは臨済の寺である。臨済の開祖栄西は,時の権力者に交わり公家文化にも追随する。禅による仏教再興の道を探ってはいたが,仏教界を牛耳る旧勢力からの法難を怖れ各宗派との兼学の道を選ぶ。その結果,体よく言えば,禅を通して文化の伝搬者としての役割を担うことになった。大分遅れて出た道元は,栄西を師とも仰ぐが,支配階級と袂を分かち深山に入り修練と瞑想の果て曹洞宗を開く。
 蘭渓道隆は,1246年来朝するが、彼は、同じ臨済でも,栄西より少し後のいわば本家の成長した臨済を携えてやって来た。都で繰り広げられる公家文化についてゆけず,畏敬の念すら抱いていた新興勢力関東武士は,この臨済を歓迎する。

建長寺の寺域

京都の寺が荘厳であり背後に時代の重みが控えているのと比べると,ここ建長寺は,雰囲気が全く違う。実に,木の緑も薄く背後の山も低い。その分空が広く近い。直ぐ隣に鎌倉学園の校舎の壁があることも原因かも知れないが,そればかりではあるまい。かたや盆地,かたや太平洋岸といった地理的気候的な印象であろうか,否,山に這うようにして様々な伽藍や塔頭が建てられているお隣の円覚寺には厳かさが充満している。
 やはり,伽藍の配置の違いであろう。建長寺は平地に直線的に並べるようにして建てられている。
 高低差のほとんどない細長い平地に,しかも一直線上に,山門,法堂,本堂等すべての伽藍が流れてくるように並ぶのは中国式の伽藍配置である。
 武士の信条とも整合する潔さと平面的な思い切りの良さが魅力なこの配置は,威風堂々とした禅の構えとも一致する。
 これこそ開山蘭渓道隆が宋から携えてきた臨済の教えである。

          

 鎌倉五山の筆頭寺院。

工芸品1件・梵鐘

                      

 鎌倉時代に物部重光により製作された梵鐘の代表作。円覚寺のそれとともに鎌倉時代の双璧をなす。

銘は開祖蘭渓道隆。高度な技術により陽刻、すなわち文字が浮き彫りされている。

絵画1件・蘭渓道隆像

 建長寺開山,蘭渓道隆を描く像。
 禅宗の僧の肖像画は師の心を伝えるものとして弟子に与えられるが,その際,師が絵の余白に賛を書くことになっている。この絵にも上部に蘭渓道隆自筆の賛が書かれている。

書跡・典籍1件・大覚禅師(蘭渓道隆)墨跡

 大覚禅師(蘭渓道隆)墨跡は修業の基本原則を示す。大覚禅師は,日本で最初に禅師の名を送られた。
 なお,本品は現在,鎌倉国宝館に寄託されている。

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